自粛期間は、世界規模の我慢くらべ

 緊急事態宣言が出ているにもかかわらず、沖縄などの観光地には多くの予約が……というニュース。

 これを聞いて思い出したのは、封鎖前に台湾を訪れていた日本人観光客の姿である。

 渡航と入境時の注意喚起や制限を決める「海外旅行感染症アドバイス」において、日本は2月14日(金)に第一級の「注意」レベルに、2月22日(土)に第二級「警示」レベルへと注意喚起度が引き上げられた。

 第二級の段階では、日本からの入境者に対し「入国から2週間の間は、朝晩の検温、行動記録のメモ、外出時はサージカルマスク必須、公共の場所には極力出入りしないこと」などの制限があった。

 これは遠回しに「2週間以内の短期旅行の場合、来てもらっても観光できないから、来ないでね」という要請といえる。

 当時は“日本人=保菌者”という疑いを持つ人も散見され、日本人とわかるとレストランでは席を移動されたり、タクシーの乗車を拒否されたり……ということも多々あった。

 それは決して日本人を毛嫌いしているわけではなく「お願いだから、今は来ないでね」という気持ちからの言動である。

 それを痛感している在台日本人、とりわけメディア関係者の間では、SNSで来台自粛を促すメッセージを発していたし、日本台湾交流協会(大使館に相当)でも、HP上で第二級の制限内容についてお知らせをしていた。

 しかし、そうした声が届かない層もあり、各国からの観光客が去り、閑散とした街に「人が少なくて買い物がしやすい」とばかりに嬉々として街歩きを楽しむ姿があった。

 そして、ついに3月3日(火)、日本台湾交流協会から、以下のようなメールが送信されてきた(一部を抜粋)。

 2.しかしながら、先週末にかけて、日本から台湾に来た日本人旅客の中で、台北市内の観光地等を訪れた際の体温測定により高熱が発覚し、施設への入場を拒否され、その後医療機関を受診した事例が複数発生しています。

 3.これらの事例においては、発熱等の症状があり、医療機関を受診したところ、新型コロナウイルスの検査を受けることが求められ、検査結果が出るまで外出を許されず、且つ、台湾を出境できない(日本に帰国できない)一方、医療機関から入院は求められないものの、ホテルからは宿泊を断られ、宿泊先の確保が困難となるケースもあったようです。

 また、検査結果が陰性であれば台湾を出境、日本に帰国することが可能ですが、仮に陽性であった場合には強制的に隔離され、台湾の検疫施設(注:防疫のために場所は非公表、本人やその家族にも教えられない)に一定期間の滞在を強いられます。

 要は、本来は出入りすべきでない観光地に出向き、比較的低温が表示されるという噂もある額用体温計でも高熱を記録し、医療機関に要らぬ検査をさせて迷惑をかけている……という話だ。

 このとき、在台日本人の間では「機内アナウンスで、制限事項の周知につとめてほしかった」との声が多く聞かれた。官民一体となって防疫に取り組んでいる台湾の実情を知る立場からは、同じ日本人として申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 この期に及んでも来台する層の意識はやはり低いとしかいえず、実際、街中で見かけるグループのうち、必ず1人はノーマスクまたは顎マスク。自身が無症状感染者である可能性に考えが及んでいないのが怖い。

 しかも、そういう人に限って大声で話しながら歩いている。屋外ならまだしも、公共の場であるMRT(地下鉄)でも、その様子はまったく変わらない。当時は全乗客のマスク着用義務はなかったが、日本からの渡航客はマスク必須だったにもかかわらず、だ。

 デパートや雑貨店で買い物をする日本人観光客も絶えることがなく、とても残念な状況であった。

 結果的に、台湾では市中感染がほとんどなかったことから、こうした観光客からの感染はなかったといえるが、この“自粛しない意識”が、感染力が高まっている今のウイルスのもとでは、最悪の事態を引き起こしかねない

 もちろん、SARSの経験から危機意識が高めの台湾でも、それは同じである。

 4月2日(木)からの清明節(お盆に相当)と児童節(子どもの日)を含む4連休では、「お墓参りは代表者のみ、混雑する時間帯を避けて、マスク着用で」との啓蒙のためのコマーシャルを流したり、自宅待機を促すメッセージを発信したりしたものの、フタを開けてみたら、南部の有名観光地は人でごった返し、マスク着用も社交距離も守られておらず……の危機的状況に。

 慌てた中央流行疫情指揮中心が、該当地区にいる人々へアラートを発信し、注意喚起をするはめに。結果、該当地に出かけた人は2週間の自主健康管理期間とし、学校などでも旅行の有無を問う調査票が配られた。

 人々の信仰心が厚く、ご先祖を大切にする台湾では、清明節のお墓参り(お墓掃除)を全面的に禁止するのが憚られたのであろうが、当時はすでに感染者数が落ち着いていたこともあり、気が緩んだ人々がいたのは間違いない。息子の学校では、25人のクラスに2名前後の旅行者がいたようなので、やや乱暴な計算だが、8%ほどが遠出をした感覚である。

 日本での一部報道で「防疫に成功した台湾は、連休のレジャーを楽しむ余裕がある」と書かれていたが、それは誤解で、自粛要請が緩かったために、政府の予想を上回る人々が出かけてしまったに過ぎない。

 このように、気が緩みやすいのは総じて危機意識の高い台湾とて同じである。どこまで外出を控えられるか。それは一種の我慢比べ。より多くの国民が我慢をした国から、コロナ禍が終息するのだと思っている。

 話は少し遡るが、鎖国前には、自宅隔離の人々の在宅確認などを担当する立場にある里長(小規模な町内会長に相当)がスリランカ旅行に出かけるなど、なぜこの時期に……という耳を疑うニュースは台湾にもある。

 こうした事例に罰則はないが、台湾では、防疫に関するさまざまな罰金がある。

 自宅隔離中の脱走、渡航歴などの虚偽の申告、公共交通機関でのノーマスク、マスクのポイ捨て、デマの拡散などなど……問題が生じるたびに、即時ルールが設けられるため、その項目は時と共に増えている。ちなみに、公共機関のノーマスクは、注意に応じなかった場合、最大で15000元(約54000円)の罰金刑となる。最も高額なのは、デマの拡散。あっと言う間に特定されるうえ、その額、最高でなんと300万元(約1080万円)というから驚きだ。

 我慢比べの本来のご褒美はコロナ禍の終息なのだが、残念ながら、最高のご褒美を待てない人が出て来てしまう。それを阻止するのは、やはり罰則しかないのだな……と思う今日この頃だ。

おわりに……

 海外在住者からのレポートには、必ずといっていいほど「日本人は危機感が足りない」という呼びかけがあるが、そうした記事を真剣に読んでいる読者は、危機感をもって自粛している層であって「言われなくてもやっている!」と反感を抱いてしまうと思う。

 私自身、今の日本の皆さんが、どれほどの危機感を持って過ごしているかを肌感覚で知ることはできず、滅多なことは言えない。

 ただ、ニュースで目にする限りでは、少し前だと、休校中に家族でスペイン旅行に出かけたり、花見に大勢の人が出かけたり、ハワイにゴルフに出かけたり。最近では、開店しているパチンコ店を探して人が殺到したり……。

 そうした情報に触れるたび、一部の人々の行動ではあるとはいえ「大丈夫か!? 日本」と心配になってしまうのも事実だ。そして、周囲の親日台湾人の友人からは「清潔好きで、秩序正しく暮らしているはずの日本人が、今回はどうしちゃったの?」という連絡が頻繁にくる。

 彼女らは、大好きな日本で感染が広がるのを心から憂いている。春節や花見シーズンの日本旅行をキャンセルしたことを残念がり、再び日本を訪れる日を楽しみに頑張っている。

 日本の政府は、春節中のインバウンド、某国のお偉方を国賓として迎える準備、オリンピック開催を果たすべく、それぞれの段階での対策を過ったうえ、その後の予算の使い方も明らかに間違っている。

 一方の台湾政府は、SARSで辛い経験をした後、伝染病防治法を改正し、強制力を伴う感染症対策の実施を可能にし、感染症対策のシュミレーションを毎年してきたという。この備えがあっての今なのだが、非常事態に際して“変えていく”という動きは、日本でも、今からでも可能な部分はあるはずだ。

 というのも、ここ最近の数々の奇策に関しては、主にネット上での大ブーイング、Twitterデモなどが効き、実施を阻止できている案件も多いように思う。お肉券、お魚券などに代表される冗談のような対応策はもちろん、給付金や補償についても、ネット民の声が届いているように感じる。

 また、地方自治体には、若手を中心に行動力のあるトップもいる。声をあげれば届く地域が増えているのは、海の向こうから母国を心配する立場からしても、心強い思いだ。そうやって真の民主主義を取り戻し、古い体制を変えながら、どうか持ちこたえてほしい。

 台湾の人々は、キラキラした日本の街歩きを楽しみ、美味しいものを食べ、便利なものを買い、カルチャーやエンタメを満喫し、たくさんのお土産を持ち帰れる日を心待ちにしている。

 日本の皆さんも、今回の取り組みを知って、台湾に興味を持った人が少なくないはずだ。お互いが自由に行き来できる日が少しでも早く来ることを願いながら、それぞれの国の我慢比べ、それぞれの防疫に邁進したいと思う。

※記事の内容は2020年5月7日(木)現在のもの。制度や現況の内容は一部であり、各自治体、エリアなどによって異なることもあります。

堀 由美子 (ほり ゆみこ)

ライター。慶應義塾大学文学部を卒業後、広告制作会社にて、大手メーカーのブランドコピー、商品パッケージ原案等を担当。ライターとして独立後は、女性誌にて多ジャンルにわたる特集に携わる。2011年より台湾在住。現在、CREA WEBにて、台湾発の占い連載・悟明老師の「神鳥さん占い」「世界の空気」を担当。占いの執筆に際しては、イタコとして“お告げの一言一言の熱量を変えることなく、クリアに伝える”をモットーとしている。