天草を五感で楽しむ 唯一無二のスモールラグジュアリー
のどかな﨑津集落を後にし、東シナ海を見下ろす山の中へ。車で20分ほどのところにあるのが、「石山離宮 五足のくつ」。
その名は、明治40年に、与謝野鉄幹や北原白秋ら若き5人の詩人たちが、大江教会のガルニエ神父を訪ねて九州を旅した紀行文「五足の靴」に由来する。
ここは、天草らしさが凝縮したホテルだ。深い緑の中にひっそりとあるその佇まいは、天草=海というステレオタイプのイメージを心地よく覆す。
緑の中にのぞくエキゾティックなオレンジ色の屋根や、その向こうに見える水平線、遠くに聞こえる野鳥の声や、葉擦れの音……。
エントランスをくぐった瞬間から、もうそこは別世界だ。
旅先では晴れることを願うものだけれど、ここは雨の日でさえも美しい。
光を反射して光る庭の石、露に濡れる南の木々や、霧に煙る眼下の水平線……。雨が異国情緒と重なって、幻想的な光景となる。
山の中腹に点在するゲストルームは、すべて独立したヴィラタイプで、源泉かけ流しの露天風呂付き。
広大な敷地に全15室と客室数が少ないうえ、それぞれのヴィラも離れているので、たとえ満室でも、混雑感に悩まされることはない。
部屋のタイプは3種類。昔の漁師の家を模したヴィラA、未来の天草をイメージしたメゾネットタイプのヴィラB、そしてキリスト教が伝来した16世紀の天草をコンセプトにしたヴィラC。
ひとつとして同じインテリアはなく、それぞれが、16世紀に南蛮文化が花開いた天草のドラマティックな歴史を表現している。
ヴィラA、Bのチェックインは「ヴィッラ・コレジオ」と呼ばれる建物で。コレジヨというのは、16世紀の天草にあった神学校のこと。
長崎を出航し、長い旅を経てローマ教皇に謁見したカトリック教徒の4人の少年、「天正遣欧少年使節」が帰国後に天草のコレジヨで学んだのは、この地が誇る歴史だ。
純日本風の本瓦を用いながらステンドグラスをあしらった「ヴィッラ・コレジオ」には、書籍やCD、DVDを揃えたライブラリーとバーもある。
朝は喜びに満ち、昼は心が潤う音楽、そして夜はパヴァロッティのオペラがBGMにかかるこの空間は、ゲストルームとはまた違った雰囲気があり、何時間でもいたくなる。
2020.05.06(水)
文=芹澤和美
撮影=鈴木七絵