島でただ一人の農業者の気概

 朝食後は、竹富島の街を散策する。

 もう出かけているのだろう。

 家々はひっそりとして、観光客もいない。

 戻ると、宿の自家菜園の指導をしているという、89歳になる前本隆一さんが農作業中だった。

 話しかけると、

「あんたいくつダァ」

「63です」

「まだまだ小僧っ子だな。ガハハハ」

 と豪快に笑った。

 彼は、竹富島でだだ一人の農業者である。

 かつて大勢いた農業者は、もっと広い石垣や西表に渡った。

 残った農業者は生活が苦しく、転業し、次第に減って前本さん一人になってしまったのである。

 このままではいけない。粟や芋類、ニンニクなど、竹富島固有の種を残そうと彼は頑張ってきた。

 「星のや竹富島」では、その文化を継承すべく、敷地内に畑を作り、前本じいが守り続けてきた種を植え、栽培を教わりながら、育てている。

 前本さんは、薬草類の「命草ぬちぐさ」の権威でもある。

 前立腺にはこれ、高血圧にはこれ、糖尿病にはこれと草の名前が、スラスラと上がる。

 かつて島には、医者がいなかった。

 それゆえに命草の効用が研究され、口伝にて代々伝わっているのだという。

 前本さんの元気な姿を見ていると、現代医学は人間の知恵の集積ではあるが、自然とはかけ離れていることを知る。

 自然と共生する、自然に生かされるということの意味を、前本さんに思い知らされた。

星のや竹富島

所在地 沖縄県八重山郡竹富町竹富
電話番号 0570-073-066(星のや総合予約)
https://hoshinoya.com/

マッキー牧元
(まっきー まきもと)

1955年東京出身。立教大学卒。(株)味の手帖 取締役編集顧問 タベアルキスト。立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く。「味の手帖」 「銀座百点」「料理王国」「東京カレンダー」「食楽」他で連載のほか、料理開発なども行う。著書に『東京 食のお作法』(文藝春秋)、『間違いだらけの鍋奉行』(講談社)、『ポテサラ酒場』(監修/辰巳出版)ほか。

Column

マッキー牧元の「いい旅には必ずうまいものあり」

立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スイーツから居酒屋まで、全国を飲み食べ歩く「タベアルキスト」のマッキー牧元さんが、旅の中で出会った美味をご紹介。ガイドブックには載っていない口コミ情報が満載です。

2019.04.29(月)
文・撮影=マッキー牧元