会えなければ終わるわけじゃない、淡い関係を書き続けたい
今月のオススメ本
『美しい距離』 山崎ナオコーラ
不治の病におかされた妻を、保険会社に勤める夫は、やさしく見舞う。爪を切ってあげ、たわいのないお喋りをする……。「小説家としての自分の仕事のひとつは、フェミニンな男性を書くこと。そうすることで、多様性を肯定すること」(山崎)。第155回芥川賞候補作。
文藝春秋 1,350円
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40代初めの妻が末期がんを患い、病院で終末医療を受けている。夫は会社の介護休業制度を利用して、午前中は働き、午後は病床の妻に会いに行く。〈「来たよ」/カーテンから覗いて、片手を挙げる。/「来たか」/笑って片手を挙げる〉。山崎ナオコーラの最新小説『美しい距離』は、死を目前にしながらも悲しみに満たされず、明るさや軽やかさを抱き続ける、ひと組の夫婦の物語だ。
「一番最初はこのタイトルで、敬語についての話を書こうと思ったんです。日本語表現の持っている美しさをテーマに書くことで、“これまでにない新しい文学的チャレンジをしているんだな”と思ってもらいたかったんですね。でも、何度も書き直していくうちに……“丁寧な描写で、人間関係を細かく書く”。そのやり方をこれまで以上に深く突き詰めることが、私にとって十分に新しいチャレンジなんじゃないかなと思ったんです」
その方針転換をした結果、一昨年にがんで亡くなった実父との思い出が、不思議と浮かび上がってきた。当時もきっと感じていたこと、考えていたことだけれど言葉にしていなかったことを、小説の中で丁寧に掬い取っていこうと決めた。
「人生をあまり書きたくないんです。例えば、こういう生活習慣だったからこういう病気になった、2人の間に子どもがいないのはこういう理由があって……という因果関係には、ほとんど興味がなくて。コーヒーを1杯飲む、その様子を美しい文章で書くことによって、人間を描きたい。それを一文一文重ねていくだけでも、“小説だね”って感じてもらえるものにしたいんです」
物語の結末に辿り着いた時、作家のデビュー作『人のセックスを笑うな』のラストシーンで登場する、主人公の台詞を思い出した。〈会えなければ終わるなんて、そんなものじゃないだろう〉。
「デビュー作と同じものを感じたという意見は、すごく嬉しいです。小説を書くってことは、人間関係を書くってことで。濃密な関係を書く作家もいるんですけど、私は“会えなければ終わるわけじゃない”淡い関係を書きたい、という思いが強くあるんです。その関係を表現するには、小説という芸術形式が合っているんじゃないかなって予感もあります」
これからも、淡くても「美しい」関係を書き続けていきたい、と言う。
「それを書くことが私の仕事なんだと、この小説のおかげで気が付くことができました。力まずに、自由に。私だけの道を進んでいきたいです」
山崎ナオコーラ(やまざきなおこーら)
1978年福岡県生まれ。2004年、「人のセックスを笑うな」で第41回文藝賞を受賞。著書に『ネンレイズム/開かれた食器棚』『かわいい夫』など。
Column
BOOKS INTERVIEW 本の本音
純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!
2016.10.02(日)
文=吉田大助