ベルギーの代名詞といえば、ビール。九州よりも小さいというこの国では、数々の醸造所が、競うように個性にあふれたビールを世に送り出しています。この短期集中連載では、ブリュッセル、アントワープ、ブルージュなど、ベルギーの各地をトラベルライターのたかせ藍沙さんが旅し、ビールに酔いしれるとともに街の魅力をレポート。

 最終回となる第5回も、実にさまざまなビールを味わいます。

女性醸造家が手がける渾身のビール

レンガ造りで趣があるデ・ライク醸造所。中庭でビールを飲むこともできる。

 ベルギーのビールは、もともと安全な水が手に入らない時代に、水の代わりの飲み物として修道院で造られたことが始まり。つまり、人々の命を守るための水だったのだ。修道士だけでなく、修道女も、人々のためにビールを造っていた。そのような起源から、ベルギーでは女性の醸造家は特別なことではない。

 デ・ライク醸造所の創業は1886年。ベルギー・ファミリー・ブリュワーズに加盟している家族経営の22軒の醸造所のうち、もっとも小さな醸造所だ。創業以来同じ場所でビール造りを続けている。その理由は水。ドイツでビール造りを学んだ創業者のグスターフ・デ・ライクさんは、ビールの90%を占める水にこだわった。デ・ライク醸造所の敷地には、上質な水を汲み上げることができる井戸があるのだ。

左から、母のアン・デ・ライクさん、娘のミークさん、その兄のブラムさん。煉瓦造りの外壁にはホップが植えられている。

 4代目当主となったアン・デ・ライクさんは、女性醸造家として近代ベルギーの制度で最初に認可された方。そこには、先祖代々の伝統の味を絶やしたくないという強い思いがあった。

麦芽のサンプルを手に自社のビールを熱く語るミークさん。この情熱だけで、試飲する前からビールのおいしさが伝わってきた。

 今では、その娘のミークさんが、母からビール造りを学んでいる。「母はハーブの魔術師なの。気がついたら巻き込まれていたの」と笑う。母から娘へと秘伝のビールレシピが受け継がれ、娘が新たな味を生み出している。

ビールに使われている様々なハーブのサンプル。自由にフレーバーを足すことができるのはベルギービールならではだ。

 ビールの本場ベルギーでも、かつてはビアカフェでビールを楽しんでいるのは男性が多かった。それが、ここ20~30年の間に、ハーフサイズのグラスが作られるようになり、女性が好んで飲むフルーツやスパイス、ハーブのアロマが香るビールの種類も増えた。また、ビアカフェでは、立ち飲みだけでなく、イスも置くようになった。女性は座って飲むことを好むからだ。

左:小ロットの醸造所だからこそ生まれるフレーバーも。
右:フクロウのラベルがかわいいビール、スティーンウルク。

 とはいえ、アンさんとミークさんの母娘が造っているのは、女性向けのビールというわけではない。女性の感性で選んだハーブを加えるなどした、上質のビールだ。娘のミークさんは、ビールの香り付けにバラの花を使ったり、味がまろやかになるアンジェリカなどのハーブを使ったり、新しい味を積極的に開発している。

自家製のサラミも自慢の一品。ほどよい辛みがビールによく合う。

 デ・ライク醸造所では、9種類のビールの他に、ビールに合うサラミやヘーゼルナッツチーズ、ビールを使ったペストリーやチョコレートなどを作っている。醸造所内には土産物店やビアカフェもあるので、それらを買って帰るのもいいし、造りたてのビールととともにビアカフェでいただくというのもいい。

Brewery De Ryck(デ・ライク醸造所)
所在地 Kerkstraat 24, 9550 Herzele, Belgium
電話番号 053-62-2302
http://www.deryckbrewery.be/

2016.09.12(月)
文・撮影=たかせ藍沙