――ゲーマーになりたいというコメントもありました。映画でもゲームをされています。
新之助 最近よくやるのはオンラインゲームの「フォートナイト」とか、「マインクラフト」です。昔はお父さんと一緒にやっていましたが、お父さんは最近舞台や仕事で忙しいんです。
團十郎 私はいまはあんまりやらないですね。そんな時間もないし。正直なところ、「フォートナイト」とかゲーム自体のレベルが高すぎてついていけないのよね。
新之助 本当にゲームの敵が強すぎます。
――映画を見ると多くの方が舞台作りに関わっておられます。 チームをまとめる際に配慮されることは?
團十郎 なるべく「近くを見ない」ことですね。たとえば、カメラマンの人が照明がうまくいかず思うように撮れなかったとします。それを注意するのは近く、つまり近視眼的なこと。そうではなくなるべく「遠くのこと」について注意する。なんでそうなるのか、理由はどこにあるのか、目標は何であるのか。そういう話をちゃんとするべきじゃないですか。どうしても目の前のことばかりについて言いがちですが、前後左右、遠くを見るのが、座頭や頭領のやるべき仕事と思います。
――コロナで襲名が延びた中での撮影は三池監督も苦労されたと思います。
團十郎 三池監督にやらないっていう発想はなかったのでしょう。ただ、襲名がいつになるかはわからない。それは私にもわからなかった。興行する松竹さんのタイミングもあったでしょう。そのような状況で監督が撮り続けられたのはすごいことだと思うし、ありがたいです。
――お父さまの十二代目團十郎と團十郎さん、息子の新之助さんといった三世代が映像に登場する「外郎売」は、十二代目が復活させ、今の形に仕上げられた作品です。
團十郎 もともとは「助六由縁江戸桜」の中にある演目で、長く途絶えていたものを十一代目團十郎が九代目市川海老蔵襲名の時(1940年5月歌舞伎座)に「寿曽我対面」の趣向を借りて舞踊仕立てで上演しました。父が劇作家の野口達二さんに脚本を依頼して素晴らしい情熱で作り上げていただき、芝居として復活しました(1980年5月歌舞伎座)。野口さんと一緒に父が早口言葉を作っているところを私も見ていました。父が大病から復帰した時に(2006年5月歌舞伎座)演じたのも「外郎売」で、父とは切っても切れない演目です。それを孫の新之助が演じました。この人も「外郎売」に縁がある。 十二代目團十郎と会ったことのない孫、八代目新之助との縁は「外郎売」で繋がっている。そういう作品でもあります。
***
伝統を継ぐということは、どういうことか。言葉にしがたい過程を、映像で多くの人が目の当たりにできるのは現代だからこそ。この貴重な機会を見逃したくない。
