唱え続けた“おまじない”を屋号に
多くの人に愛された”あの味”を復活させる――。
その喜びと覚悟に満ちた開店前日。厨房では、どらやきの最後の試作が静かに繰り返されていた。
「小豆や小麦粉といった素材も、すべて当時と同じ業者さんから仕入れることができました」と中屋さん。そこに彼女が大切に保管していたレシピをかけ合わせることで初めて、懐かしのあの味が鮮やかに蘇る。
どらやきの生地も、当時と変わらず手ごねにこだわる。
「一度に大量の粉を混ぜるので、つい力が入りすぎてしまうんです。だからいつも心の中で、“たおやかに、たおやかに”と言い聞かせながら混ぜていて。そうすると、空気を含んだふっくらとした生地に仕上がります」
16年間、「うさぎや」でどらやきを作り続けた中屋さんが、当時から唱え続けていたその“おまじない”こそが、「たおや」の名前の由来だ。
銅板で1枚ずつ蒸らしながら焼く生地は、吸い付くようなしっとり感が格別。むちっと柔らかな弾力も心地よく、掴んだ瞬間、指先がもうおいしい。
どらやきに合わせるのは、大粒の北海道産小豆をふっくらと炊いたつぶあん。水飴をまとったあんこは艶やかでみずみずしく、全体をやさしくまとめてくれる。
南天の実をデザインしたどらやきの袋は、どこか「うさぎや」のそれを彷彿とさせる懐かしい雰囲気をまとう。
実はこの意匠、かつて「うさぎや」の軒先で長年客を出迎えてきた南天の老木をモチーフにしたもの。閉店時に込山さんが譲り受けたその木は、今は「たおや」の店先で再び、訪れる人々を温かく迎え入れている。
実際の葉や実を丁寧にトレースしてデザインに落とし込んだ袋の図案は、込山さんの夫が、そして伸びやかな「たおや」の文字は大学生の娘が手がけたという。 表立っては語られずとも、こうした細部にまで「うさぎや」への深いリスペクトが秘められている。
「お店を持つのが初めての私たちを、それぞれの家族が応援してくれています。中屋さんはまだまだ働き盛りですし、ここから30年続けるのが目標です」と込山さん。その言葉には並大抵ではない覚悟と同時に、未来を力強く見据えた希望も感じ取れる。
