姉をシャットアウトしていた時間もあった
――以前インタビューで「なぜそれほど家族と向き合えたのか」と伺った際には「ずっと向き合っていたわけではない」とお話しになっていたかと思いますが、書籍でも「姉をシャットアウトしていた時間もあった」と綴られていたのが印象的でした。
実は、僕が姉をシャットアウトしている映像を入れるべきだったと少し後悔しているんです。母が亡くなった翌年に僕は北海道の実家に戻ったんですが、同じ家に暮らしていると姉は時間を問わず部屋に入ってくる。それだと睡眠がままならないので、夜12時から朝8時までは鍵をかけて姉を遮断していました。すると姉はドアの向こうに立って喋り続ける。それを撮った映像があったので、それは作中に入れた方が良かったと思っています。
というのも、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で、小林茂さんの『魂のきせき』という映画を観たんです。性被害を受けた女性たちを撮った作品なんですが、映画の中で小林さんも自分自身と向き合い、かなり私的な部分まで曝け出していた。「作り手がここまでオープンにするんだ」と思うと同時に、今映画をつくるということはこういうことなのかなとも思って。だから僕も作り手として、映画の中に姉をシャットアウトしている部分も入れるべきだったのかなと。作り手に都合の良い編集は可能なので、都合の悪い部分も含めて見せることが、制作者側の責任だし、疑いながら観るというリテラシーも必要だと思います。
――お父さんが亡くなられたあと、ご実家は片付けられたんですか?
全然ですね。家族は3人ともまったく片付けなかったので、まだまだ写真やノートが地層のように積まれています。映像でも散らかってはいますが、実際はあんなもんじゃないんです。天井まである本棚に本や論文やメモがびっしり詰め込まれていたりして。父はマメだったので、どんな食事をつくったのか、その料理は何回目か、それに母親がなんてコメントしたかまで細かく記録していたんですよ。だから姉さんの記録を残していないはずがないんですよね。探したいと思いつつ、猛烈に忙しくて手が出せずにいます。
» 後篇を読む

どうすればよかったか?
定価 1,650円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
