「男女の恋愛と同じだね」の先にあるもの

 本作を楽しく観ながら、「これって男女の恋愛と同じだよね」と好意的に共感する視聴者も多いかもしれません。それは一見すると「理解が深まった」ようにも見えますが、実は異性愛の枠組みに無理やり当てはめて理解するだけでは、当事者特有の困難を透明化(無視)してしまう側面があります。

 セーフティネットが脆弱な当事者にとって、「恋愛によるペアリング」と「コミュニティによる連帯」は、人生を支える車の両輪のようなものです。一方がパンクしても、もう一方が支えてくれることで人生の安定感が変わります。本作の素晴らしさは、恋愛と連帯の両方を育む姿を等身大に描くことで、どちらも取りこぼさなかった点にありました。

 ただ、私たちは知っておかなければなりません。番組で描かれる「勇気を出して想いを伝えれば道は開ける」という輝かしい成長物語の裏側で、現実の日本では、パートナーと何年ともに過ごしても法的にはずっと「他人」のままであるという事実を。

 家を借りる、病気の際に駆けつける、ともに老後を過ごす……。そのすべてにおいて、異性愛者なら無意識に享受できる権利を、彼らは自力で、一つひとつ勝ち取らなければならないのです。

 もちろん、最初は「消費」や「置き換え」から入ってもいい。しかし、こうした恋愛リアリティショーは視聴を続ける中で「これはフィクションではない、私の隣にいる人の人生だ」と気づく分岐点が必ず存在します。

 番組では彼らの口からカミングアウトの困難さも語られます。それも、自国に同性婚や差別禁止法がないために、社会の理解が追いついていないことの裏返しでもあります。それに法がないということは、アウティングのリスクや住宅の賃貸、医療現場での面会拒否など、トラブルが起きた際に「守ってくれる盾」がないということでもあるのです。

 だからこそ、番組を楽しみ、「あのカップルに幸せになってほしい」と願ったなら、その視点を日常に持ち帰ってみてください。「なぜ彼らが語るような“明るい未来”が、この国では法的に保障されていないんだろう?」と。

 たとえば勤務先の福利厚生(家族手当や慶弔休暇)は同性カップルにも適用されるんだっけと確認してみる。選挙の際に、候補者が「結婚の平等(同性婚の実現)」や「差別禁止法」についてどのようなスタンスを取っているかをチェックして投票先を選ぶ。

 番組が見せてくれたポジティブな「光」は、まだ暗闇にある、法整備の遅れを照らし出す武器になります。法が整うということは、単に事務的な手続きができるようになるだけでありません。「この社会にはあなたの居場所があり、不当な扱いは許されない」という、国家からのメッセージを受け取ることと同義なのです。

 「推しの幸せ」を願う純粋な気持ちを、「彼らが幸せになれる仕組みをこの国に作ろう」という具体的なアクションに翻訳していくこと。それこそが、作品を享受してきた私たちにできる、最も誠実でクリエイティブな応答ではないでしょうか。

Netflixリアリティシリーズ「ボーイフレンド」シーズン2(全15話)

Netflixにて世界独占配信中
2026年2月3日にエピソード13~15配信予定