人間ではないものだからこそ

 彼の家はアメリカにしてはシンプルで、リビングに寝室、そしてバスルームという日本人には親しみやすい広さだった。彼の部屋に入るのは、彼の頭のなかに入るようなものだ。あらゆる場所に彼の好きなものが几帳面に並べられ飾られていた。DVD、CD、レコード、本、数々のフィギュア、人形の足や頭部。壁には大好きな映画『バーバレラ』の日本語版ポスターや、ガイノイドと博士を描いた古い図版などが飾られている。ふたりがけのソファに彼はシドレと隣合わせで座り、私を目の前にディープキスをしてみせた。

 寝室には他に四体の人形がいた。エレーナ、ダイアン、ミス・ウィンター、そしてウルスラである。全員女性だ。そしてみんなに性格や背景、パーソナリティ、さらに関係性があるという。

「エレーナは僕とシドレの共通の愛人。ミス・ウィンターはウルスラの元彼女で、ふたりは一緒にバンドをやっていたことがあるんだ。ダイアンは頭が空っぽの“ボンクラ”なんだけど、映画には強いよ」

 彼は“ボンクラ”を日本語で言った。シドレが日本人の父を持っていることからもわかる通り、彼はかなりの日本通である。

 デイブキャットはとめどなく彼とその人形たちとの物語を話し続ける。もちろんそれはすべて彼がつくり出したもの、フィクションである。これをどう考えたらいいのだろう。大人が人形ごっこをしているとでも? 事実はそれに近いとも言えるが、人生をかけてそれをやっているのである。単なる「ごっこ遊び」として片付けられない真剣さや覚悟があるように私には思えた。

 彼にメールを出すと、返事は一人称複数で返ってくる。次の面談の予定を決めたいと私が書くと、「“僕たち”で話し合った結果、何月何日の何時からなら大丈夫だとわかったよ。きみに会えるのを楽しみにしているね」と、返事がある。「僕たち」というのはデイブキャットとシドレだ。どうやらシドレがデイブキャットのスケジュール管理をしているようだ。彼は「僕たち」という言葉でシドレの存在をメールの相手に表明するのを忘れない。いつも彼らは一心同体なのだ。

「人間じゃないものが人間ぽく振る舞っているさまや、人間にはないガラスの目玉、それからシリコンの肌がたまらなくセクシーに僕には思えるんだ」

 と、デイブキャットは言う。

 この言葉は、人間の代替ではなく人間ではないものだからこそ、シドレに惹かれ、性的にも欲望するのだと解釈できる。

 デイブキャットは等身大人形と結婚した男性としてカミングアウトしている希少な人物であり、これまで数々のメディアや論文、書籍に取り上げられてきた。彼を馬鹿にする内容もあれば、間違った情報を伝えるものもあった。だが彼はそれを大げさに気にすることなく、淡々と要望に応え続け、いつしか全米でもっとも有名かつ唯一アクセスの取れる人形の夫となったのである。

 彼はその経験から高度にインタビュー慣れしており、どんな質問にもすでに回答がつくられているかのようだった。だから、一度や二度会ったくらいではその本心は掴めない。おまけに、五体の人形と暮らしているとはいえ、人間としてはひとり暮らしだ。彼の家を何度訪ねたとしても、得られる情報は限られている。私は彼の周りの友達に会わせてほしいと頼み込んだ。

※続きは『無機的な恋人たち』でお楽しみください。

濱野ちひろ(はまの・ちひろ)

ノンフィクションライター。1977年、広島県生まれ。2000年、早稲田大学第一文学部卒。著書『聖なるズー』で2019年に開高健ノンフィクション賞受賞。2024年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。

無機的な恋人たち

定価 1,980円(税込)
講談社
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2025.10.16(木)
文=濱野ちひろ