新たな作品のイメージがどんどん湧いてきます

2014年晩秋に借りた空き家リノベーションモデルハウス「朱種」。

 だけど、やはり長期のホテル滞在は疲れるし、工房との移動時間ももったいなく感じます。そのためには「家を借りて、もっとじっくり制作に打ち込みたい」。その前段階としてまずは福井生活を体験してみようと、昨年の晩秋、福井で空き家対策に取り組んでいる友人が作った、古民家をリノベーションしたモデルハウス「朱種」に2週間滞在しました。

 周りからは「一人で寂しくない?」と、かなり心配されましたが、静かで自然が美しい中で制作に打ち込める環境は想像以上に快適でした。時々トンビが「ピーヒョロロ」と鳴いたり、田んぼにスックと美しい白鷺が立っていたり、晴天だったのに急に黒い雲がやってきて激しい雷雨になったり、真っ暗な空にたくさんの星を見つけるのも、私にはインスピレーションの元になり、新たな作品のイメージがどんどん湧くのです。

「朱種」から徒歩5分で越前の海へ。数日は夫も滞在。

 さっそく昨年の暮れから、福井県内でアトリエを探し始めました。そして友人の紹介で、1年半ほど空いていた陶芸家用の物件をお借りできることになりました。場所は越前陶芸村のすぐ近く。敷地内の陶芸館には越前焼が展示されていて歴史を学べるし、陶芸家の育成を行っている福井県工業技術センター窯業指導分所もあります。越前焼の発祥の地なので、近所には多くの陶芸家も陶房を構えているという絶好の環境。

 「なぜ福井を選んだの?」周りに必ず聞かれるのですが、友人が工房を構えていたという偶然から、こうして思いがけず、2015年5月から越前町にアトリエを構えることになったのです。

福井県越前町のアトリエ。

 福井にはもともと縁もゆかりもありませんでした。いまから10年ほど前、夫が著書の取材で出会った福井の起業家たちと意気投合。それから夫婦で越前蟹のシーズンに訪れたり、眼鏡を作りに行ったりという付き合いが始まったのです。鯖江は眼鏡の生産で有名です。彼らも通い詰めているという福井市の田中眼鏡本舗のセレクトにすっかりファンになり、東京から年に一度は眼鏡やサングラスを買いに訪れるようになったのです。

 また、福井には美しい自然がふんだんに残り、神社や旧跡など連れて行ってもらうたびに好きな場所が増え、気づくと年に2~3回は福井に遊びに行くようになり、友人もどんどん増えていきました。でもまさか福井に家を借りる日が来ようとは。

越前陶芸村の陶芸館。

 借りているアトリエは、玄関を入ると広々とした工房があり、奥には窯も付いています。そして生活空間には小さなキッチン付きのリビングと和室。以前ここを借りていた方は、居住はしていなかったようでかなり雑然としていましたが、友人たちの手を借りて山ほどあった不用品を全て処分し大掃除。それから全ての家電製品や家具・生活用品を揃えました。

 でも軽井沢の家に比べると、かなり数も絞り、シンプルなものをセレクトしました。二拠点生活を送るうちに、本当に必要なものがわかってきたので、余計なものや大げさなものには手を出さないようになったのです。

松尾たいこ(まつお・たいこ)
アーティスト/イラストレーター。広島県呉市生まれ。1995年、11年間勤めた地元の自動車会社を辞め32歳で上京。セツ・モード・セミナーに入学、1998年からイラストレーターに転身。これまで300冊近い本の表紙イラストを担当。著作に、江國香織との共著『ふりむく』、角田光代との共著『Presents』『なくしたものたちの国』など。2013年には初エッセイ『東京おとな日和』を出し、ファッションやインテリア、そのライフスタイル全般にファンが広がる。2014年からは福井にて「千年陶画」プロジェクトスタート。現在、東京・軽井沢・福井の三拠点生活中。夫はジャーナリストの佐々木俊尚。公式サイト http://taikomatsuo.jimdo.com/

Column

松尾たいこの三拠点ミニマルライフ

一カ月に三都市を移動、旅するように暮らすイラストレーターの松尾たいこさんがマルチハビテーション(多拠点生活)の楽しみをつづります。

2015.11.03(火)
文・撮影=松尾たいこ