【KEY WORD:北陸新幹線】
金沢までの北陸新幹線が、2015年3月14日に開業することが決まりました。いままでは長野までしか開通しておらず、「長野新幹線」と呼ばれていたのですが、来春からは糸魚川や富山などを経由して、金沢まで延びることになります。東京と金沢のあいだは2時間28分。これまでは上越新幹線と北陸本線の特急を乗り継いで3時間47分かかっていたので、大幅に短くなります。金沢まで日帰りもできるようになりますね。
この北陸新幹線は、何をもたらすのでしょうか。ひとつには、東海道新幹線を補完するという意味があります。今回は金沢までですが、2025年には福井の敦賀まで延び、さらに将来には大阪まで結ばれる計画もあります。もし東海道新幹線が地震などの災害で使えなくなる事態が起きたとしても、北陸新幹線で東京と関西をつなぐことができれば、影響を少なくすることができます。
北陸地方への経済効果も
そしてもうひとつの意味は、経済効果。金沢を始めとする北陸地方は素晴らしい土地です。この地域が東京から近くなれば、たくさんの観光客を呼び寄せられるという期待があります。最近は登山がブームですが、東京からはかなり行きにくかった北アルプスの富山県側ルートもたいへん近くなり、登山客も増えるでしょう。
ただ、これはお客さんを「呼び寄せる」だけでなく、「流出させてしまう」という逆の効果も起きてきます。新幹線ができれば人の行き来はかなり自由になるわけですから、来る人が増えれば外に出かけていく人も増えるというのは当然起きてくることなんですね。特に大都市と地方が結ばれると、地方から大都市に人が吸い込まれてしまう現象は「ストロー効果」と呼ばれています。
たとえば長野市は新幹線で東京と1時間半あまりで結ばれるようになったため、東京の企業の支店の閉鎖や縮小が相次ぎ、泊まりがけの出張も減ったと言われています。このためオフィスビルは空き室が増え、ホテルの稼働率も下がってしまったようです。これは典型的なストロー効果ですね。東京湾アクアラインが開通したために千葉の木更津駅前がさびれてしまったのも、ストロー効果としてよく知られたケースです。
大都市に吸い込まれるだけではありません。北陸新幹線には、軽井沢というたいへん強力な観光地があります。避暑地としては日本でもっとも有名で、さらに近年はプリンスショッピングプラザという巨大なアウトレットモールが駅の真ん前にできあがり、中軽井沢にあるリゾートホテル「星のや」の施設も充実しています。新幹線が開通すれば、金沢や富山から軽井沢にゴルフに出かけたり、買い物に出かける人はかなり多くなるでしょう。
能登半島を奥座敷にし、市内には兼六園や近江町市場があって、古都の風情が素晴らしい金沢市も、強力な観光地です。観光では軽井沢や金沢がストローで人々を吸い上げ、ビジネスでは東京が人々を吸い上げる。そういう事態は予測されます。
「ストロー効果」の様々な意義
ただ忘れてならないのは、必ずしもストロー効果は悪いことではないというポイントです。地方に住んでいる人にとっては、遠くの地域との仕事をしやすくなり、遊びに出かけられる範囲が広くなるというメリットがあるのは間違いないでしょう。ストロー効果が悪影響を及ぼすのは、あくまでも地域の企業や観光産業などの地域経済に対してということです。地域経済に拠らずに仕事をしているような人たちにとっては、ストローはさまざまな土地を行き来しやすくしてくれる便利なツールになるってことも忘れてはなりません。
グローバリゼーションが進み、移動のコストが低減していく中で、これからは地域経済のありかたも大きく変化していかざるをえません。そういう中で、従来の地域経済という観点からだけでなく、もっと大きな枠組みから地方で暮らす、地方で仕事する、地方でビジネスを推進するということの意味を問い直し、再構築していくことが必要なのではないかと思います。
佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)、『自分でつくるセーフティネット』(大和書房)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/
Column
佐々木俊尚のニュース解体新書
30代女子必読の社会問題入門コラム。CREA世代が知っておくべき最新のニュース・キーワードを、ジャーナリストの佐々木俊尚さんが分かりやすく解説します。
2014.09.05(金)
文=佐々木俊尚