【KEY WORD:集団的自衛権】

 集団的自衛権をめぐって大騒ぎになっています。東京新聞は一面で「『戦地に国民』へ道」、朝日新聞も「平和主義覆す解釈改憲」「『強兵』への道 許されない」と大展開しています。日本が軍事大国になる、徴兵制がやってくる、と言っている人たちもいます。

 しかし、もう少し冷静になりましょう。この問題で、「戦地に国民」とか徴兵制の危険を言い募るのはあまりにも極論すぎます。

 そもそも集団的自衛権ってなんでしょうか。日本と密接な関係にある国が攻撃された場合、日本が攻撃されていなくても、「実力をもって阻止する」という権利だと政府は説明しています。これに対して、他国は関係なしに日本だけを守るというのが「個別的自衛権」です。

 日本と密接な国というとアメリカがすぐに浮かびますが、アメリカだけとは限りません。たとえば北朝鮮で有事になれば、韓国にそういう対応をすることも起きてくるでしょうし、PKOで自衛隊がアフリカやアジアの紛争地に派遣されている時に、近くの友好国基地が攻撃された時なども、この問題が起きてきます。さらに中国と南シナ海で対立しているフィリピンやインドネシアとのあいだでも協力が必要なことが起こりえます。東アジア周辺は21世紀に入ってからさまざまな危機が起きていて、いろんな事態が予想されるということですね。

 このような事態に対応するための手段として、日本政府がこれまで認めていなかった集団的自衛権を行使できるようにしようというのが、今回の政府の決定です。

 この集団的自衛権をめぐる議論には、3つのポイントがあります。

(1)集団的自衛権は国の権利として認められているのかどうか。
(2)それは日本国憲法と照らし合わせたらどうなのか。
(3)集団的自衛権の範囲をどこまでと考えるのか。

 まず(1)について。国際社会では、国連憲章によって集団的自衛権は認められています。国連は「武力行使はいけません」と言っているのですが、でも侵略されたような場合、国連の安保理で決定が出るまでは、個別的自衛権も集団的自衛権も使っていいですよ、としています。日本でも戦後間もなく、憲法が制定された直後ぐらいまでは、集団的自衛権は認められるというのが政府の考え方だったんですね。

 ただこれが、9条で戦争を放棄している日本国憲法と照らし合わせてどうなのか、ということははっきりはしていなかったんですね。そこで(2)の問題が生じてきました。この見解がおおむね定まったのが、1972年。「集団的自衛権は日本国憲法では認められない」ということになりました。ただこれはきちんと法制度の議論をおこなった結果そうなったというよりは、当時はベトナム戦争に対する反戦運動が世界中で盛りあがっていたことや、社会党の票が伸びて勢力として強くなり、自民党としても社会党の意見を無視できなくなってきたというような、そういう「政局」的な影響があったと言われています。

 ただこの段階でも、(3)の集団的自衛権の範囲は、はっきりはしていませんでした。集団的自衛権には、実際に武器をとって武力行使をすることと、武器は使わずに後方支援することの2種類があります。たとえば米軍の艦船に給油したり、戦場に物資を運んだり、掃海したり、地雷を撤去したり、さらにお金を出したりといったことが後方支援です。

武力行使まで認めているわけではない

 1960年に内閣法制局長官は、「アメリカに対して施設を提供して、経済的な援助を与えるようなことを集団的自衛権だとすれば、これは日本の憲法は否定していません」と言っています。この判断はその後けっこう変わって、1970年代には後方支援もダメということになり、でもその後は「戦闘地域でなければ後方支援は認める」と変わったり。解釈は何度となく揺らいできたんですね。自民党の石破茂さんは、集団的自衛権の政府の解釈は、戦後6回も変わったんだと指摘しています。

 今回、安倍政権が認めた集団的自衛権は、あくまでも後方支援と、PKOでの武器使用です。武力行使まで認めているわけじゃないんですね。これを「集団的自衛権の限定容認」と言い表しているんです。

 かなり単純化して、集団的自衛権のポイントを説明してみました。ここまで読んでいただければわかるように、今回の安倍政権の決定は「戦後初めて、日本が戦争をできるようにした」とか「軍事大国への道をひらいた」とか、そんな大仰なものではありません。

 今回の決定で自衛隊から逃げ出す隊員が増えて、自衛隊員が足りなくなり、徴兵制になると主張している人たちもいますが、そもそも現代の戦争ではそれほどたくさんの兵士は必要としません。軍事技術を使いこなすのにも高度な熟練が必要で、徴兵された素人がたくさんいても役に立ちません。おまけに徴兵制維持には莫大な国家予算が必要です。海外の先進国を見ても、今でも徴兵制を導入しているのは永世中立国のスイスやお隣の韓国などごくわずかしかありません。

 たしかに徴兵制の危険はゼロではないでしょうが、現時点での「集団的自衛権の限定容認」で、そこまで極端な論を言い募るのは、まったく現実的ではありません。この緊張した国際社会の中でリアルな平和を実現していくためにも、もっと現実に立脚した冷静な視点を持ちたいと思います。

佐々木俊尚(ささき としなお)
1961年兵庫県生まれ。毎日新聞社、アスキーを経て、フリージャーナリストとして活躍。公式サイトでメールマガジン配信中。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)など。
公式サイト http://www.pressa.jp/

Column

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2014.07.11(金)
文=佐々木俊尚