滝好きにはたまらない深い森をトレッキング

 香港でトレッキングしようと思い立ってからというもの、いちばん歩いてみたいと思っていたのが、大帽山の北部にある、4つの滝が連なるトレッキングコース。大帽山は九龍半島にある、香港の最高峰だ。トレッキングの拠点となるのは、梧桐寨というふもとの村。ライチやバナナの木が茂る畑の合間には、素朴な民家が点々と立っている。そんな里山の風景も旅情をかきたて、気分は一気に盛り上がる。

ビール、ラムネ、アイスクリームと、手書きの看板を無造作に掛けたトタン壁の村のよろず屋。ここで飲料水を仕入れて出発。

 4つの滝の名前は、ふもとから順に、井底瀑、中瀑、主瀑、散髪瀑。すべての滝を見ながら往復して約4時間のコースだ。梧桐寨を後にして、いざ出発。歩き始めてほどなくして、「土砂崩れ。危険」と書かれた看板を見つけ、少々おっかなびっくり、前に進む。

歩き始めて約30分。ようやく、最初の標識が見えてきて、ちょっと安心。

 亜熱帯モンスーン気候の香港とは思えないほどヒンヤリとした森の空気は、とても気持ちがいい。上りもなだらかだし、歩みは順調そのもの。と、思ったのもつかの間。しだいに、森は深くなり、上り坂は急になる。湿度も高くなり、空気もジメジメ。石でできた階段は人がやっと一人通れるぐらいの幅しかなく足を踏み外しそうだし、濡れているから滑りやすい。頭上に茂る木々で太陽は遮られ、だんだんと、夜の森を歩いているような緊張感と不安でいっぱいに。

歩き始めてほどなくして滝を発見。「井底瀑に到着!」と思いきや、名もない滝だった。結局、井底瀑は看板に気づかず見られなかったが、次なる滝をめざして前進。

 だが、目が暗さに慣れてくると、いろいろなものが見えてくる。露をのせしっとりと濡れたシダや、青々とした苔、木々の間に止まる蝶……。森の息吹はとても神秘的だ。足元に注意しながら、それなりに森の景色も楽しみつつ、ようやく2番目の滝、中瀑に到着。緊張しながら歩いていたせいか、体はこわばっているし、冷や汗もたくさんかいている。しばし休憩のつもりで、滝壺に足を浸したり、滝しぶきをわざと浴びたりして遊んでいるうちに、ここが香港だということさえすっかり忘れてしまっていた。

シダ植物が生い茂る森で草をかき分け、ようやく中瀑に到着。この時点でかなり体力を消耗。

 気づけば、ふもとの村をスタートして3時間以上がたっている。日没まであと1時間ちょっとしかない。こんな森で夜を迎えるのは、あまりにも心細いし危険すぎる。この先にある2つの滝に行くことは諦め、ふもとの村に戻ることにした。

 何度も足を滑らせ、しりもちをつきながら帰る途中、ふと振り返ると、深い緑の合間に滝の姿が。地図で確かめると、めざすはずだった3番目の滝、主瀑のようだ。山の中で滔々と落ちる滝は、エネルギッシュなビジネス街とも、熱気あふれる雑踏ともまた違った逞しさにあふれている。その圧倒的な存在感に、これまで見たことのない雄大な香港を見たような気持ちになった。

帰り道、深い森の中に見えた主瀑。到着できなかったけれど、遠めに見ても美しい。

2015.04.21(火)
文・撮影=芹澤和美