湾仔の表通りに面した富徳樓は、一見何の特徴も無い商業ビルだ。だがエレベーターホールには、ここに本拠地を置く劇団や画家のアトリエ、ゲイ専門書店関係のチラシが無造作に置かれ、エレベーターの中にはステッカーがべたべたと張られている。
公共スペースの個人利用を許さない香港の建物にしては、随分と店子に寛容だ。聞けば、ビルのオーナーが若者の文化活動を後押ししているのだそうだ。個性的な人々が多く集まるこの古いビルの一室に、毎週火曜と土曜の週2回だけオープンする、隠れた雑貨屋「貘記 (Makee)」がある。
壁を塗り、不要な家具を集めて作られた空間はすべてが手作りで、なんとなく台南あたりのカフェにも似た雰囲気だ。店主が各地で集めたどこかなつかしい生活雑貨と共にゆったりした時間が流れ、その一角ではコーヒーと自家製のケーキを楽しむこともできる。
ばらばらのカップや茶碗、ガラス製品。布製かばんにレトロな文房具。食器は飾るのではなく、使えるものに限るのだそうだ。地元香港を中心に、オーナーの2人が旅行先のマレーシアや日本、ヨーロッパ等で出会ったなつかしい「かたち」の数々。それらの背後にあるストーリーを、彼らがひとつひとつ説明してくれる。
文・撮影=久米美由紀