ここは本当の豊かな暮らしができる理想郷

 ここはタイヤル族の集落ではあるが、昔からここにあったものではない。今から10年前まで、この近辺のタイヤル族の人口は激減する一方だった。若者の多くが、生活の糧を求めて台北や台中などの都市に出ていってしまったからだ。

「このままでは、もともと文字を持たないタイヤル族の文化が失われてしまう。本来のタイヤル族の暮らしを伝承したい」と、カリーのお父さんである潘今晟さんが土地を手に入れ、ゼロから作ったのが、この新しい共同体。ちなみに、潘今晟さんはタイヤル族ではなく、奥様(つまり、カリーのお母さん)がタイヤル族の出身だ。

観光目的のテーマパークとは異なり、ここはタイヤル族の暮らしの場。彼らの営みを垣間見る、貴重な施設なのだ。

 食堂小屋の後方が居住エリア、前方が耕作エリアに分けられ、自然の中に溶け込んだような美しい集落の造りは、建築家・ランドスケープデザイナーである潘今晟さんの設計によるもの。2004年にこの集落ができたことで、各地に散っていた人々が徐々に戻り、現在は9家族、43名が暮らしているという。

 カリーも彼らの血と意志を継ぎ、留学先から帰国後、運営に携わり、ガイドをしながらここに暮らしている。英語も話せるので、外国人ゲストの対応も万全だ。頭脳明晰な彼だが、台北のような都会に暮らすつもりはないのだそう。「都会は時間に追われ、めまぐるしいけれど、ここはリラックスできる。必要なものはたくさんのお金じゃない。マネーとライフは別でしょう?」というのが、その理由だ。

お邪魔したカリーの自宅はインテリアがとても素敵。「集落に宿泊もできればいいのに」という声もある。でも、「ホテルなんて始めたら24時間働かなくちゃいけないよ。夜は暗くなったら休んで、日の出とともに起きたいから、無理!」とカリー。

 彼らのライフスタイルは、基本的に自給自足で、料理にも薪を使う。4WDやパソコンはあるし携帯電話も持っているけれど、大型の機械はない。とはいえ、子どもたちを学校に通わせたり、病院にかかったり、車や食物の種などの生活必需品を買うには当然、現金がいる。手作りの無農薬野菜を都会に売っていたこともあったが、マーケットに出ればさまざまな苦労がある。生活の本質を考え、野菜は市場に出さず、自分たちが必要なだけ収穫することにしたのだという。現在は、集落の入場料金やゲストが購入した織布代が、主な現金収入となっている。

鶏が自由に歩き回る養鶏場。これも大事な食糧。

 プーラオ・ブールオへの訪問は予約制。ウェブサイトやEメール、電話で受け付けている(英語可)。予約をすれば、地図も送ってくれるし、タクシーの予約手配も可能だ。大人気のため3カ月待ちのこともあるが、しっかりと迎え入れるため、1日に訪れるゲストは30名までと決めているという。

 台北からはバスとタクシーを利用する。台北駅前のバスステーションから羅東行きの高速バスに乗り約1時間15分、そこからスタッフが迎えてくれる寒渓村派出所まではタクシーで約20分。乗り継いでトータルの料金は500台湾元弱。台北から寒渓村まで直接タクシーで来た場合、所要時間は約1時半、料金は1500~1800台湾元ほどなので、2名以上なら、タクシーを利用するのもよさそう。

 集落を歩いて得たものは、たんなる旅の思い出に終わらない。ゲストは、タイヤル族の文化に触れ、ときには「豊かな暮らし」について考えるきっかけを与えられる。高層ビルが並ぶ台北を歩く一方で、都会では知ることのできない台湾文化の原点に触れることもまた、豊かな旅になるに違いない。

プーラオ・ブールオ
所在地 宜蘭県大同郷寒渓村華興巷46号
電話番号 +886-91-909-0061
URL http://www.bulaubulau.com/
営業時間 10:00~16:00
入場料 2200台湾元(ランチ、見学ツアー付き)

芹澤和美 (せりざわ かずみ)
アジアやオセアニア、中米を中心に、ネイティブの暮らしやカルチャー、ホテルなどを取材。ここ数年は、マカオからのレポートをラジオやテレビなどで発信中。漫画家の花津ハナヨ氏によるトラベルコミック『噂のマカオで女磨き!』(文藝春秋)では、花津氏とマカオを歩き、女性視点のマカオをコーディネイト。著書に『マカオノスタルジック紀行』(双葉社)。
オフィシャルサイト http://www.serizawa.cn

2014.09.09(火)
文・撮影=芹澤和美
コーディネーション=Lily Yi