“ごく普通の人”を演じて
そんな岡山の演技の魅力は、一言でいえば“実在感”ではないだろうか。「ひらやすみ」のヒロトや「片想い」のケンケンのような、私たち視聴者が思い描く“ごく普通”の人物を演じたとき、その真価は際立つ。
芝居を評価する言葉として「自然体」が使われることは多い。しかし、それは単に力を抜くことでも、ありのままを見せることでもない。“演じる”という行為を通して、そこにひとりの人間が生きている空気を立ち上げることなのだと、岡山の出演作を見るたびに思う。しかも、ナチュラルさを保ったまま、そのキャラクターならではのニュアンスをまとわせるのが抜群に上手い。これこそが、岡山の芝居に宿る“実在感”の正体なのだろう。
撮影時期も近かった「ひらやすみ」のヒロトと「片想い」のケンケンは、一見するとどこか地続きにも見える。ヒロトは俳優を志しながら競争社会に疲れ、気ままなフリーターとして暮らす青年。一方のケンケンも、デザイン会社で挫折を経験し、地元へ戻ってきた人物だ。
しかし、当時のインタビューで岡山は、この二人を「まったく違う役」と言い切っていた。その言葉にハッとさせられたのを覚えている。役づくりのアプローチはもちろん、それぞれの人物を驚くほど高い解像度で捉え、その違いを豊かな語彙で、しかも誰にでも伝わる言葉へと翻訳する力。だからこそ、同じような佇まいの役であっても、決して“岡山天音っぽい人”の繰り返しにはならないのである。
そういえば今年の春、ラジオ番組『あののオールナイトニッポン0(ZERO)』にゲスト出演した岡山は、おすすめのマンガを聞かれると真っ先に、少女漫画の金字塔『NANA』を挙げていた。思わず「えっ!」と声が漏れた。もう十分知っているつもりでいたのに、まだそんな引き出しがあったのか……。私たちが知らない岡山天音が、この先もまた、ふいに現れるかもしれない。
