「でんわにでろ!!」

 そうは言っても、上記はいずれもフィクションみの強い言葉だ。生身の人間が直接相手にぶつける言葉としては、今の時代、もう少し配慮が必要かもしれない。

 そういった点で参考になるのは、やはりプロレスである。過去に別のところでも書いたことがあるが、私が一番すごいと思うのは、1980年にアントニオ猪木が極真空手のウィリー・ウィリアムスと戦う数日前、公開スパーリングの場で口にしたコメントだ。そのとき猪木はウィリーと報道陣の前で、「私の相手のウィリーさんが、残念ながらスパーリングパートナーがいないということなので、私が今日はスパーリングパートナーをこれから努めようかと」と発言したのである。

 これは、表面的には「スパーリングパートナーがいない対戦相手に対する親切な申し出」だが、実質的には「俺は今からでもお前と戦えるんだ。いつでもやってやる」という挑発だ。上品だし、知的だし、何より余裕があって強そうだ。この令和の世に出してもまったく問題のない挑発の仕方を、今から46年も前にしていたなんて、やはり猪木は天才だと思う。

 プロレスラーの「言葉による攻撃」については他にも面白いものがたくさんあるが、ここ数年で私がとくに感銘を受けた例として、「平成のテロリスト」こと村上和成選手の振る舞いを紹介したい。村上選手はファイトスタイルが攻撃的な上、プロレス界最恐レベルと言ってもいいぐらい見た目が怖い人だ。その一方で、X(旧Twitter)での投稿や、プロレス・格闘技総合サイト「プロレス/格闘技DX」に連載している日記では、ご家族との仲良しぶりやファンへの温かい心遣いがうかがえて、読むたび私は顔をほころばせている。同い年ということもあり、長年注目している選手の一人だ。

 そんな村上選手が数年前からストロングスタイルプロレスに参戦しており、同団体の平井丈雅代表にたびたび不満をぶつけたり、ちょっかいを出したりしている。そのやりとりが毎回ものすごく面白いのだが、注目すべきは相手の平井代表がレスラーではなく、あくまで一般人(60代男性)だということだ。よって、レスラー同士のようにどつき合ったりするわけにはいかないし、怖がらせすぎてもいけない。とにかく相手との攻撃力に差がありすぎるので、見ている人をドン引きさせないように絡むには相当な配慮が要る。実際、二人のやりとりをつぶさに観察していると、村上選手が「怖さの量」を微調整しているのが分かる。

 一例を挙げよう。2024年10月、自身が希望していた対戦カードを組んでもらえなかった村上選手は、そのことについて平井代表に抗議するため、報道陣を引き連れてストロングスタイルプロレスの事務所へ乗り込んだ[注2]。事務所には鍵がかかっており、ドアをバンバン叩いても返事がない。誰もいないかのように見えたが、平井代表に電話をしてみると、なんと事務所の中から着信音が聞こえるではないか! 居留守を使われていることに気づき、村上選手の怒りのボルテージはどんどん上がっていく。めちゃめちゃ怖い。

 ついに村上選手は報道陣に、不敵な笑みを浮かべながら「紙持ってない? あいつにメッセージを書くから」と言う。その表情を見ながら私は、どんなに恐ろしい呪詛の言葉が記されるのだろう……と戦慄した。しかし、紙とペンを手にした村上選手が書いた文言は、なんと「でんわにでろ!!」だったのである。

 それを事務所のドアにバン! と貼り付け、いったんその場を後にする村上選手を見て、私は感動を禁じ得なかった。もし村上選手が、この見た目&その場の勢いで怖いメッセージを書いていたら、たぶん恐ろしさが限度を超えてしまっていただろう。しかし、メッセージそのものを「でんわにでろ!!」という、ギリギリ常識の範囲内の言葉にすることで、見事にバランスを取ったのである。

 そのあと平井代表と直接話をすることになった村上選手は、さんざん平井代表を怯えさせながらも、最終的には団体が決めたカードで出場することを決める。そのあたりの匙加減も絶妙だ。

 長々書いてきたが、ざっくり結論を言ってしまうと、今の時代に「言葉を使った攻撃」をするには、実に多くのことを考慮に入れつつうまくバランスを取らなければならないということだ。つまり、ものすごく頭の良い人でないと、適切な「攻める言葉」は生み出せない。腕っ節にも頭脳にも自信がない私は、他人とのケンカはできるだけ避けて生きようと決意を新たにした。


[注1]Season 3, Episode 19, 「The Good Samaritan」(日本語訳は著者による)
[注2]参考:日刊スポーツ「【SSPW】平成のテロリスト村上和成が平井代表どう喝!説得され出場決意も試合ぶち壊し宣言」、2024年10月22日

川添愛(かわぞえ・あい)

言語学者、作家。九州大学文学部、同大学院ほかで理論言語学を専攻し博士号を取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。著書に、『白と黒のとびら』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『ふだん使いの言語学』『言語学バーリ・トゥード』『世にもあいまいなことばの秘密』『日本語界隈』(ふかわりょうとの共著)『「わかってもらう」ということ 他人と、そして自分とうまくやっていくための言葉の使い方』『パンチラインの言語学』『裏の裏は表じゃない』など多数。