世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、週替わりで登板します。

 第42回は、芹澤和美さんが、世界最大級の都市メキシコシティでのホットな体験について綴ります。

波乱万丈の一生を送った女流画家、フリーダ・カーロ

女流画家、フリーダ・カーロが暮らした家を改装した博物館「フリーダ・カーロ・ミュージアム」。

 日本から満席のアエロメヒコ航空で約13時間。はるか遠いこの街を旅した一番の目的は、巨大遺跡や世界遺産ではなく、フリーダ・カーロ(1907~1954)が暮らした家。フリーダ・カーロは、メキシコを代表する現代女流画家で、一本に繋がった眉の自画像がよく知られている。私は芸術には疎いのだが、波乱の生涯を生き抜き、強烈な個性の絵を描き続けた一人の女性の棲家を、見てみたいと思ったのだ。

街中のいたるところに壁画があるメキシコシティ。これは、1920年代、革命後のメキシコで起きた「壁画運動」と呼ばれる芸術復興運動の名残。フリーダの夫、ディエゴはその中心人物だった。

 彼女の一生は、壮絶そのもの。18歳のときに乗っていたバスの事故に巻き込まれ、下半身を鉄の棒が貫通する重傷を負う。その後、手術を繰り返し、後遺症に悩まされながらも、画家として創作活動に没頭。22歳でメキシコ壁画運動の中心人物だった画家のディエゴ・リベラ(1886~1957)と21歳差で結婚するも、ディエゴは幾度となく浮気を繰り返す。同時にフリーダも、ロシア革命の指導者、レフ・トロツキーと不倫(フリーダとディエゴは、モスクワから亡命していたトロツキー夫妻をかくまっていた)。さらに、メキシコを代表する女性歌手のチャベーラ・バルガスとも、同性愛の関係にあったと言われている。

「フリーダ・カーロ・ミュージアム」。入り口には、「フリーダとディエゴがここに住んでいた」と書かれている。屋内は髄所に民芸調のインテリアが。

2014.07.15(火)
文・撮影=芹澤和美