「あるべき母親像」の呪縛

ミガン ともあれ、自然分娩を選択する人って本当にすごいなと思う。わたし、ひとりめは完全無痛で、ふたりめは陣痛をちょっと感じる和痛やってんけど、陣痛の痛みとかほんまに尋常じゃなかった。もし男の人が出産する立場やったら、今みたいに自然分娩がやっぱり主流やと思う?
未映子 そんなん、無痛分娩に即効で保険がきくようになってるに決まってるやん。麻酔医もどんどん増やして、男性に負担のないお産は当たり前、って感じにすぐなるはず。もうお笑いネタみたいになってるけど、なんせ女性のピルが認可されるまで9年、でもバイアグラは半年っていう日本やで。
ミガン それはわかるけど、痛みを感じたい、という人が男性の場合どれぐらいの割合でおるものなのかちょっと興味がある。女性は、自分の母親像や出産に対する理想とか、そういうイメージから自然分娩を選ぶ人が圧倒的に多いような気がするし。
未映子 いや、費用や産院の数の問題があって、選択肢としてまだ周知されてないっていうのが大きいやろ。それにもし、男性の人が出産するとして──この「たられば」ほど虚しいものはないけれども、やっぱり女性に刷り込まれてきた「母になるための物語」がないから、「痛み」だけで考えると、とうぜん無痛のほうにいくと思うけどなあ。
ミガン じゃあ、男の人が、妻に自然分娩で生んでくれ、っていうケースはあるかな。
未映子 信じられへんことに、これがかなりおるらしい。「無痛なんか……子どもはお腹を痛めて生むものだから……」とか言うらしい。「お腹を痛めないと愛情が芽生えない」とか。まじで信じられへん。そういう男性にかぎって、「嫁が料理にクックドゥを使ってたら、ひく……」とか言いだすんやろ。ツイッターで時々話題になってる。
ミガン 味の素をなめてんのか! っていうか、おまえが自分でダシとれんのか。
未映子 ほんまやで。っていうかさ、嫁って言葉、はやく禁止用語になればいいのに。ま、人間は多かれ少なかれ、自分のやってきたことが正しかったのだと思いたいもんやん。だから自然分娩しか選択肢がなかった時代に出産した世代ほど、無痛分娩に厳しいっていうのもあるんじゃない? 男性の価値観は、もちろん社会に出て獲得して強化されるものも大いにあるけど、基本的には育った家の価値観、親の夫婦間の常識が刷り込まれてるもんやん? ちょうど「電車にべビーカーを持ち込むのは迷惑」っていう論争にしても、一番声が大きいのは、抱っこ紐で育ててきた今のおばあちゃん世代やし。
ミガン わたしもこのまえ、たまたま抱っこ紐を使ってたら、電車の中でおばちゃんに、「いまどきみんなベビーカーなのに偉いわねえ……」ってめっちゃほめられた。脇にめちゃめちゃでかいベビーカー畳んでおいてあったん、見えへんかったんかな。
未映子 だから、それは「しんどい思いをして子育てした自分が偉かった」って言いたいんやと思う。性別かかわらず、人は自分の選択が正しかったと思いたいもんやし、損をした、と思いたくないねん。だから母乳で育てた人はどこかで母乳信仰になるし、ミルクで育てた人はミルクでよかった、ってなる。でも、そんなんってさ、収入とか、家族関係とか、家の間取り、夫との関係、体調、みんなばらばらの中でできあがるもので、答えが一つになるはずもないのに、けっこう自分の体験を絶対化してしまう傾向があるんやなって感じたわ。
ミガン たしかに。そのへんは、けっこう慎重になってた記憶ある。
未映子 そうそう。たとえばおなじように子育て中の人と話してて、自分がいま何か押しつけてないか、知らず知らずのうちに正しさをぶってないかってことは、めっちゃ意識してチェックしてた。でもなあ、小説なんか書いたり読んだりして、いくつもの異なる価値観にふれて、それを全面的に良しとしているつもりでいても、いざ自分が妊娠して生むという当事者になってみると、価値観ががちがちに固まってて、なんでも選択肢が2、3個しかないってことにびっくりした。自分が情けなかったわ。自分が思ってるほど、自由な想像力も柔軟性も、そんなん、ほんまにないに等しかった。
爆笑対談は、後編に続きます(7/22公開予定)。


前田こずえ
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Column
川上未映子の出産・育児お悩み相談室
『乳と卵』で芥川賞を受賞した川上未映子さんは、2013年、同じく芥川賞作家である阿部和重さんとの間に男の子を授かりました。その経験を綴った本が、『きみは赤ちゃん』。この刊行を記念して、川上さんが、読者のみなさんの出産・育児に関する悩みにお答えします!
2014.07.09(水)