母親を追いつめる「子どもの泣き声」
ミガン そうそう。でも、いっぽうでネット情報はあんまり真に受けへんかったなっていうのもあって。根本的には自分が生まれ育った「昭和」のやりかたを信じてたかも。
未映子 今は道具も増えたし、意見も増えたし、そのぶん「病名が増えたら病気が増える」じゃないけれど、育児の方法が細分化されてるやん? たとえば、足のかたちは最初が肝心、子どもの靴は、○○か××のやつじゃないとダメ、とかけっこうふつうにみんな言ってて、真に受けそうにもなるねんけど、でも昔はそんなんなかったわけやし。
ミガン そうそう。キャラもんのズックしかなかった。
未映子 みんなまあ一応、問題なく成長してきたわけで。ビッグダディなんて、離乳食に獲れたての生魚あげてたもんな(笑)。必死に頭に叩き込んでる離乳食の概念がかすんだ瞬間やったわ。さすがに生魚はきついやろと思ったけど、大丈夫なんやもんなあ。
ミガン けっこういけてたよな。わたしなんか「うちの家に生まれてきたんやから、うちのルールに従ってもらうで」と思ってたから、世間の色んな情報にはあんまりぶれへんかったんやと思う。
未映子 みんな最初はそう思って生むんやけど、実際はむずかしいよな。わたしも、岡本かの子が、息子の太郎を柱に縛りつけて泣き叫ぶのもがんがん仕事をした、って話を読んで、「オッケー! わたしもそれでいこ」とまじで思ってたけど、も、まったく、そんなん。全然できへもんなあ。子どもが泣いたら、仕事なんか手につかへんくらい動揺してしまってそのことに驚いた。
ミガン たしかに、子どもの泣き声にここまで心を乱されるとは……わたしも予想外やった。生むまえは、洗濯機とおなじで、別の部屋に入れてドア閉めといたら聞こえへんから夜泣きしてもあんがい平気なのでは、ぐらいに思ってたんやけど、ちゃうかったな(笑)。
未映子 そうそう。欧米では、赤ちゃんの時から別の部屋に寝かして、泣いても放っておく、みたいな感じで、ちゃんと線引きされてるのを映画とかドラマで何となくみててさ、「うちもそういう感じでいこ」って思ってるところあったけど、全然むりでした。
ミガン 日本人の思考回路なのかどうかわからんけど、なんか、どうしても、泣き止ませない=世話をしていない=虐待をしている、という感覚になってくるやん。母親は、追いつめられるよなあ。そういえば、保健師さんと話していると、こっちは別に悩んでへんのに、「悩んでいるでしょう、あなた、悩んでいるでしょう」って体で話しかけてくるよな。
未映子 念のためなんちゃう? なかなか言いだされへん人もおるやろうし……。わたし、保健師さんが来るっていうから部屋めっちゃきれいに掃除して待っていたら、「ちょっと部屋きれい過ぎますけど大丈夫ですか。ホコリで人は死にませんから、掃除なんてしなくていいんですよ」って言ってもらったり。でも、産後やからちょっと傷ついたりするねんな。「わたしがんばってるねんけど……」みたいな感じで。でも、今考えたらありがたいなって思う。誰もそういう風に言ってくれなかったから。
ミガン わたしも保健師さんに、「なんでもかんでも先回りして赤ちゃんをケアしてあげると、自分の欲求をうまく伝えられない“サイレントベイビー”になっちゃいますよ」って言われて、気持ちが楽になったなあ。泣くのは、自分の欲求を伝えるためで、赤ちゃんの大事な仕事ですよって。
未映子 でもさ、そう言う人もおれば、ストレスは無いに越したほうがいいんやから泣かさんほうがいい、って人もおるやん。生んですぐとか、けっこう誰の何の言葉を信じていいかわからんくなったわ。けっきょく自分ができる最善を尽くすしかないと思うねんけど。でも当時はいっぱいいっぱいで。
ミガン 自分が決めてたスタイルと一番近い、都合のいい情報だけをとりいれる、ぐらいに割り切ったらいいんちゃう。「泣くと肺が強くなる」とかさ(笑)。いや、正解はないって頭ではいやっていうほどわかってるのに、むずかしいよな。
» 『きみは赤ちゃん』の内容を立ち読みする(本の話WEBへリンク)
2014.07.09(水)