誰かの思いを見つける「私立探偵」という存在

──三浦さんは読書家としても知られていますが、なぜ私立探偵小説を読まれるようになったんですか?
3年前に急性心不全で弟が亡くなってしまったことがきっかけとなって、ミステリーをたくさん読むようになったんですよね。当時なぜミステリーを選んだのかは自分でもよくわからないのですが、いろいろな作品を読んでいくなかで、私立探偵のようにまったく故人とは関係なかった人が他者の死を見つめていることが自分にとってやすらぎになったんです。
こういった作品を読んでいると、どこかの誰かが弟の死についても向き合ってくれているのかもしれないと思えるようになって、気持ちが楽になった部分もありますし、自分でも私立探偵小説のような作品を書いてみたくなりました。

──なにか印象に残っている作品などもあるんでしょうか。
ジャンルとしてはハードボイルド小説と呼ばれることもあるんですが、有名なものだと宮部みゆきさんの「杉村三郎」シリーズがあったり、個人的にはマイケル・Z・リューインの作品が好きだったり。私立探偵作品に惹かれたといってもミステリーや死を描きたいというより、誰かと誰かの間にある思いを、また別の誰かが見つけてあげるような物語を書けないかと考えています。
たとえば今回の作品なら、麦川は図雲のことをかけがえないのない存在だと思っているけれど、図雲はめちゃくちゃいいやつで誰とでも仲良くなってしまうから、麦川は自分がそう感じているだけなんじゃないかと思ってしまう。本当は他者からの承認なしでふたりの関係性を信じられるのが好ましいかもしれないけれど、実際にはなかなかそうはいかないですよね。でも、フィクションにはそういう関係を見つけてあげる力があると思うんです。
ぼく自身、弟が亡くなったときに、ぼくが弟を愛していただけではなくて、弟が自分を愛してくれていたことを誰かに証明してほしい気持ちになったんですよね。それは自分勝手な感情だと思うんですが、誰かの思いを見つけてくれるような存在として私立探偵に惹かれたのだとも思います。
消えてしまった記憶へのまなざし

──三浦さんが作品を通じて書きたいテーマも変わってきているのでしょうか。
演劇がコミュニケーションを通じて他者の秘密に触れていると考えるようになったのもこの数年のことですし、2020年頃から「人間」をもっと書きたいという気持ちが強くなってきています。それまでの作品では、人間というより記号や概念みたいなものとして登場人物を描いていたのですが、この人にはどんな家庭環境や仕事があっていまここにいるのかとか、この人がこういうふうに喋るのは自分の中にこういうことを抱えているからなんじゃないかとか、バックグラウンドや内面に抱えている秘密も含め、一人ひとりの人間をもっときちんと描いてみたくなったんです。
──たしかに昔のロロの作品はポップなイメージが強かったように思いますが、最近は少しトーンが変わってきているようにも感じます。
結成10周年を迎えた2020年にロロのメンバーだけで『四角い2つのさみしい窓』という作品をつくったことで、けっこう達成感があったんですよね。同時に、20代の頃に描いていたセリフやキャラクターが徐々に自分のなかでしっくり来なくなってもいて。20代の頃は一切照れずに「愛してる」と書けたんですが、30歳を過ぎるとやっぱ照れるんですよね。べつに若い頃の作品を否定するつもりはありませんし、ストレートな言葉を大事にしたいとも思っているんですが、もっといまの自分に合う言葉を探したいと考えるようになって、目の前にいる人の生活感に目を向けるようになったのかもしれません。

──痕跡や見つけることというモチーフは、これまでのロロ作品でもしばしば扱われてきたものでもありますね。
記憶や忘却についてはずっと関心があって、今回の作品ともつながっていると思います。最近読んだ柴崎友香さんの『帰れない探偵』という作品は柴崎さんが初めて書いた探偵小説で、めちゃくちゃいい作品だったんですが、柴崎さんもずっと記憶や痕跡について書きつづけているんですよね。ある意味探偵って、公的には消えてしまったかもしれない記憶や記録を拾い集めている存在でもある。これまで探偵のようなモチーフを使ってきたわけではないんですが、これまでのロロともつながるものになってるんじゃないかと思います。
──近年のロロは高校演劇に向けたシリーズ「いつ高」の再演や短歌と劇の組み合わせなどさまざまな取り組みにトライされていますし、作品の幅も広がっているように思います。制作への向き合い方も変わってきていますか?
正直、3年くらい前から書くのがつらい時間が続いていたんですが、去年くらいから書こうという気持ちが戻りはじめてきていて。ぼくはもともと『100年の孤独』やジョン・アーヴィングが書いていたような大きな物語を書きたかったこともあって、改めて長い時間の物語を書くことにトライしようと考えるようになりました。長い時間を書くってことは歴史を書くことですし、ある時代や社会の空気を書いていくうえでも、登場人物のバックボーンについて考えることに関心が湧いてきて、今回の作品でも、私立探偵や人探しのようなモチーフをきっかけとして「人間」を描いていけたらと思っています。
ロロ
『まれな人』

日時 2025年9月25日(木)~10月1日(水)
会場 渋谷・ユーロライブ
所在地 東京都渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 2F
脚本・演出 三浦直之(ロロ)
音楽 江本祐介
出演 亀島一徳(ロロ)、篠崎大悟 (ロロ) 、高野ゆらこ、長井健一、内田紅多 (人間横丁)、山田蒼士朗(人間横丁)
公演特設サイト https://lolowebsite.sub.jp/marenahito/
※公演の詳細は上記サイトをご確認ください。 『まれな人』Podcast https://creators.spotify.com/pod/profile/eqaohhq758g/episodes/1-e37qqka
鑑賞サポート申込みフォーム https://udcast.net/workslist/marenahito/
三浦直之(みうら・なおゆき)
宮城県出身。劇作家・演出家。2009年、主宰としてロロを旗揚げ。「家族」や「恋人」など既存の関係性を問い直し、異質な存在の「ボーイ・ミーツ・ガール=出会い」を描く作品をつくり続けている。ドラマ脚本提供、MV監督、ワークショップ講師など演劇の枠にとらわれず幅広く活動。2019年脚本を担当したNHKよるドラ『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』で第16回コンフィデンスアワード・ドラマ賞脚本賞を受賞。
X @miuranaoyuki

2025.09.23(火)
文・写真=石神俊大