75,000色以上もの色彩で表現されるスカーフ

 実に75,000色以上もの色彩で表現されるエルメスのスカーフ。フランス・リヨン近郊にあるシルク専門のアトリエで、熟練の職人たちが織り、製版、染色、プリントから仕上げと縫製まで、生産工程の全てを手がけている。

 スカーフのデザイン・スタジオでは、約60名の独立したアーティストがアートディレクターと協力し、新たなデザインを考案。アーティストたちは、世界中から集まった、イラストレーター、グラフィックデザイナー、漫画家、画家、彫刻家、建築家など、多様な背景を持つ人々で構成されている。

 現在、エルメスの製品の中でデザイナーの名が刻印されているのはスカーフのみ。エルメスのスカーフは、高度な職人技と、アーティストのビジョンが融合した、身につけるアートなのだ。

『ア・トゥット・アリュール』

遊び心のあるスタンプで過去を再解釈するのを好むジャンパオロ・パニの作品。こちらは中東のコユンジク宮殿の浮き彫りに描かれたアッシリアの馬からインスピレーションを得たもの。色とりどりの鮮やかな衣装に合わせて、馬たちがステージ上でスタイリッシュにポーズを決めるグラフィカルでポップな世界観の中に優雅さが漂う。

『シュヴォー・デシェネ』

オクターヴ・マルサルの描く正確な描線は、エミール・エルメス・コレクション所蔵の馬具販売カタログにインスパイアされたもの。向かい合う2頭の立位の馬の形に、バックル、チェーン、あぶみ、ストラップがシルエットを描くように並ぶ。紙上のデッサンから飛び出してシルクツイルにプリントとして降り立ったような躍動感が見事。

『アカデミア・イピカ』

大きな木馬の中は、ヤン・バイトリクが創設した陽気なアカデミーのよう。北斎の波でサーフィン、洞窟画、アルチンボルドの植物による肖像画、レオナルド・ダ・ヴィンチのペガサスなど、見るだけで心が弾むウィットに富んだ作品。デザイナーによく似たカモシカがデスクに座って制作物の最終仕上げをし、頭上にはエルメスの花火師が学生たちを見守るのも微笑ましい。

『ブケ・フィナル』

ロンドンをベースとするケイティ・スコットのドローイングは、アートと生物を融合させた「植物彫刻」を制作する日本人アーティスト、東信との出会いから生まれたもの。こちらは、2024年に銀座メゾンエルメスのウィンドウのために描かれた絵をスカーフに採用した記念すべき一枚。ふたりのアーティストが親しんできた花の優美さを表現する華麗な絵柄がタイムレスな美を放つ。

『フラミンゴ・パーティー』

風変わりな美しさを持つフラミンゴの、壮大な求愛行動を描いた、ローランス・ブルトゥミューの作品。優雅な首を伸ばし、高貴な歩き方と綺麗に整えられた翼を見せながら見つめ合い、触れ合う2羽のフラミンゴが印象的。

『プティ・デュック』

スカーフの中央で存在感を放つのは、エルメスのエンブレムとしてもお馴染みの、19世紀のフランス人画家アルフレッド・ド・ドルーによって描かれた四輪馬車。当時の技術的文献を基に、クリスティアン・ルノンシアがその構造を研究し、優雅な四輪馬車をあらゆる角度から精密に再構成。完璧な再現を補完するために、テキストで乗り物の細部までを解説している。「ピンセット式」のバネ、輪止め、アッシュ材とシデ材で作られたスポーク車輪など、19世紀前半の車大工と車輌職人の技術がエレガントに表現された精緻な図柄は圧巻。

『クリック・クラック』

1970年代後半に、ジュリー・アバディが描いた定番のデザイン。ダイナミックな構成は、馬のレザーブリンカーを連想させ、19世紀末のイギリス製の鞭によるエレガントな絡み合いを浮かび上がらせている。

『千と一のウサギ』

トライアングルのあちこちに出没するウサギたちを描いたのは、パリ在住の日本人アーティスト、河原シンスケ。ワシの背中やフクロウの肩、花びらの上などを自由に飛び跳ねる大勢のウサギたちが巻き起こす大騒動を、生き生きとしたタッチで描写している。

『パドック』

1950年以来、軽やかな線と色彩で、数々の「カレ」を彩ってきたジャン=ルイ・クレール。ここに描いたのは、馬主や騎手、賭け人、ドレスアップした女性たちがレース前に集うパドックの様子。華やかな喧騒の中の彼らの会話さえ聞こえてきそう。

エルメスジャポン

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2025.09.30(火)
Edit & Text=Miwako Yuzawa
Photographs=Toshimasa Ohara(aosora)

CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

「誰にも聞けない、からだと性の話。」

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