この記事の連載
中野信子トークイベント【前篇】
中野信子トークイベント【後篇】
有名人からの深刻な悩み相談

――読者からだけでなく、俳優、漫画家など有名人のみなさんからも相談が寄せられました。イメージを大事にしないといけない職業と思われるのに、全力で相談された方がいましたね。
中野 俳優の要潤さんですね。スラッとしたイケメンで、ちょっと自虐的なところもあって面白く、悩みなんてなさそうな印象ですが、深刻に悩んでいらっしゃいました。
――騒音に悩まされやすい、すぐにびっくりするなど、「繊細さん」チェックリストにことごとく当てはまる。自分が繊細さんだと分かって気が楽になったという人が多いが、自分は気が楽になるどころか繊細ぶりに拍車がかかってしまったというお悩みでした。
中野 自分は繊細さん(HSP/Highly Sensitive Person)かどうかを知ろうとすることがバズった時期がありました。その結果、自分は繊細さんだ、そういう自分ではいけない、だから不安にならないように自分を鍛えなければいけない、不安にならないためにセロトニンを増やそう、セロトニンを増やすためにハグしよう、そうすれば不安が消えますよというのがすごく流行ったんです。
はたしてそれでHSPが治ったでしょうか? 何度やってもうまくいかなくて、むしろさらに自分を責めたり、あるいは自分を安心させてくれないパートナーに詰め寄ったりする人も多かったのではないかなと想像します。
不安や悩みは人として輝かしいこと

中野 私たちが不安になりやすいということは、そんなに悪いことではないんです。それは、自分のフィードバックが定期的にできて、明日は今日よりよくなろう、明後日はもっとよくなろうという気持ちが強いということの表われでもあるのですから。
ただ、不安な気持ちがあるのは辛いですよね。その不安な気持ちはどういう機序で起こるのか、日本にはなぜ不安な人が多いのか――ということも交えて回答しました。
――続きは本でぜひ(笑)。そもそも「人はなぜ悩むのか」、本イベントのテーマで、みなさまも興味があると思うのですが。
中野 本当に興味ありますかね……?
――(会場笑い)
中野 「人はなぜ悩むのか」、クリアカットに答えたほう爽快だし、面白いというのもわかります。でも私たちはそれをやるには大人になり過ぎてしまって、人生がもっと複雑であることも知っているし、なんなら、こんがらがっているほうが面白いような気すらしている。
そして悩まないことは「強さ」でも「優秀さ」でもありません。悩みを持っているということは、人として輝かしいことなんです。
本当の「自己肯定感」とは


中野 いっときブームになった「自己肯定感」についても、悩んでいる人は自己肯定感が低い、「自分がはすごいんだ」と思うことが自己肯定感だと思っている人が多いようですが、それは違います。どんなにみじめな自分でも生きていていいと思うのが自己肯定感なんです。
私が理事を務めている森美術館では、本年1月まで「ルイーズ・ブルジョワ展」を開催していました。ルイーズ・ブルジョワはフランス生まれのアーティストで、幼児期に父親から虐待されて育った人で、インスタレーション、彫刻、ドローイング、絵画など多くの作品を遺しました。夫のハンカチに刺繍した作品があるのですが、何が刺繍されているかというと、
I HAVE BEEN TO HELL AND BACK. AND LET ME TELL YOU, IT WAS WONDERFULL.
/地獄から帰ってきたところ。言っとくけど、素晴らしかったわ。
これこそ自己肯定感。偽の自己肯定感でキラキラした人生より、地獄に行って帰ってきて、「地獄も素晴らしかったわ」と言えるような人が、私は素敵だと思います。

悩脳(のうのう)と生きる 脳科学で答える人生相談
定価 1,650円(税込)
文藝春秋
失敗が怖い、恋ができない、SNS疲れ……。ままならない悩みを科学目線で解明する「週刊文春WOMAN」の人気連載を書籍化。読者と有名人の悩みに答えるほか、森山未來、二階堂ふみらとの対面相談も収録。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年、東京都生まれ。脳科学者。東日本国際大学教授。京都芸術大学客員教授。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。著書に『サイコパス』(文春新書)、『ペルソナ 脳に潜む闇』(講談社現代新書)、『咒(まじない)の脳科学』(講談社+α新書)など多数。近著に『悩脳(のうのう)と生きる』(文藝春秋)、『ゾンビ化する社会』(岡本健さんとの共著/KADOKAWA)など。

2025.08.09(土)
文=小峰敦子
写真=平松市聖