医院の目の前にあった「高橋石材店」の親方が「獅子(しし)を彫ってほしい」と頼まれ、神社の狛犬ではなく、ライオンを彫刻してしまった石像である(#1)。引き取り手がなくなって柳瀬医院の庭に運び込まれ、少年時代のやなせさんと弟は米のとぎ汁をかけて名作の趣を出そうとした。

 この石像と絵本のライオンが似ていたことは、やなせさん自身も自覚していたようだ。『高知新聞』へ寄稿した連載『人生なんて夢だけど』には、「無名の職人が生涯でただ一度彫った石像のライオンは、どことなく絵本の『やさしいライオン』に似ていると思うのですが、これは単にぼくの思い込みのせいでしょうか」と記している。

 やなせさんの人生はライオンと縁が深い。

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3頭のライオンに共通することは……

 後免野田小学校のPTA会報(2003年)に寄せた「三頭のライオン」という文章から引いてみよう。

 実はぼくの人生は三頭のライオンが深く関係しているのです。
 

 ひとつは子どもの時に我家の庭にあったこのライオン像。

 

 ふたつめはぼくが勤めたのが日本橋三越百貨店の宣伝部で、入口にブロンズのライオンの座像があってシンボルになっています。
 

 今年は画業五十周年ということで日本橋三越でアンパンマン展をして、このライオンのブロンズ像と記念写真を撮りました。
 

 さんばんめはぼくの絵本、「やさしいライオン」です。この絵本が世にいう出世作となり映画・紙芝居・ミュージカル・影絵芝居等になり数々の賞をうけ、現在もどこかで上演され、絵本はロングセラーになり五十版を重ねて、これがアンパンマンにつながっていきます。
 

 三頭のライオンはぼくの幼少年時代、青春時代、そして現在のぼくとリレーしながら走り続けてぼくの人生をリードしてくれたのです。

 3頭に共通するのは「優しさ」だ。

『朝日新聞』が2004年に掲載した「31年目のアンパンマン」という記事で、やなせさんは「3頭のライオンは、なぜかそっくりなんですよ。3頭ともぜんぜん怖くなくて、優しい顔をしている。今のアンパンマンがあるのはライオンたちのおかげ。ライオンに見守られて、今年も未知の国へと飛んで行くんです」と語っている。

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2025.07.15(火)
文=葉上太郎