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母との親密なひととき

 それにしても、堺に帰りたいのはわかるとして、あんなに自分をいじめた義父が入っている尾崎家のお墓に入りたいというのは意外だった。

 墓にいる方々にしてもびっくりだろう。突然母が入ってきたら、中にいる者たちはちょっとしたパニックになるんじゃないだろうか。

 えっ?

 来たんかいな?

 まじか?

 そんなことを想像し、わたしたちは母の横でおおいに笑い合った。

◆◆

 わたしは母がゼリーを食べたいと言うので食べさせてあげた。わたしが買ってきたもので、ブドウと桃のどちらがいいかと訊くと、ブドウと答えた。

 母はほとんど固形の食事をとれなくなっていて、ゼリーなら好んで食べたがると聞いていたから、買ってきてよかった。

 母をベッドに座らせて、ティースプーンで掬って母の口に入れてあげると喜んだ。息子たちが小さかった頃によくしてあげていたように。

 考えてみれば、自分の母親に何かを食べさせてあげるなんてことははじめてで、少し緊張した。

 小さなゼリーだったが半分ほど食べるともういらないと言うので、またベッドに横たわらせ、今度は脚をマッサージしてあげる。

 どれくらいの強さがいいのかわからないので、「これくらい? もう少し強く?」と聞きながら浮腫んだ白いふくらはぎを摩するようにした。

 後から振り返ると、神様がくれたような、母との親密なひとときだった。

「気持ちいい?」

「うん、ええわ」

 母がどれくらいわたしの話が理解できるのかもわからないけれど、わたしは近況を話した。

 はじめて脚本を担当させてもらったドラマ『コートダジュール No.10』が十一月に放送される予定で、その試写会が来週あって、楽しみなのだと伝えた。

 ドラマの脚本を書かせてもらっていることは母にも話していて、それが放送されることを楽しみにしていた。けれど、そんな話はもう忘れてしまっているかもしれないと思いつつだった。

 だけど、その時に母が言った。

2025.06.07(土)
文=尾崎英子
イラスト=swtiih green