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 作家・尾崎英子さんが、家族で母を看取った最期の日々を綴った初のエッセイ『母の旅立ち』(CEメディアハウス)を上梓しました。尾崎さん自らが、“残された者”として、この経験をシェアすることで誰かの役に立つのではないか、そう思われたことが執筆のきっかけになったそう。

 「地球で生きていくための金銭感覚が圧倒的に身についていない人だった」と語られる母・よしこさんの数々のエピソードは、思わず口元が緩み、そして時には涙がこぼれます。

 誰もが避けては通れない家族の死。自分だったらどうしたいのか、本書を読みながら考えてみませんか。後篇となる本記事では、お墓の問題や母との心温まる会話を抜粋してご紹介します。

前篇:「大丈夫よ、わたし死なないから」そう話す母に残された時間は“1カ月”作家・尾崎英子初エッセイ『母の旅立ち』から考える家族の死を読む


訊きにくいけれど大事な案件

 この日も母はしっかり意識があった。わたしのことも、息子たちを愛称で間違えることもなく呼んだ。いとちゃんとたつこ姉も来て、寝ている母のそばで、みんなでおしゃべりするという平穏な時間を過ごすことができた。

 しばらくするとヘルパーさんが来てくれて、母の爪を切ったり、マッサージをしてくれたりした。

 「歯磨きもしましょかー」とヘルパーさんに言われると、いやだ、と首を横に振っていた。頑固なのはそのままだ。

「さっきね、ようこちゃんに頼まれてお母さんに訊いたの。お父さんがおらん時に、お葬式をどこであげたいのか。どのお墓に入りたいのかって」

 たつこ姉が言う。

 訊きにくいけど訊けたら訊きたいとようこ姉が言っていた、とても大事な案件だ。

 母との関係性がもっとも良いたつこ姉に、その役を任せたのだろう。

「お母さん、なんて言ってた?」

「それがね、『堺に帰りたいわー。尾崎のお墓に入りたいわー』って言ったんよね。少女みたいなキラキラした目で」

 たしかに、この段階での母は、少し透けて見えるような、純粋な輝きを放っていた。歳をとると赤ん坊に戻るというが、まさに俗世の煩悩から解き放たれているかのようだった。少女みたいなキラキラした目というのも、とてもよくわかった。

2025.06.07(土)
文=尾崎英子
イラスト=swtiih green