想像よりはるかに先生は子供たちに対して一生懸命
――場面緘黙症の症状はいつまで続いたんですか?
しろやぎ 高校生になっても続きました。小学生の頃から「明日こそは声をだすぞ」と毎日毎日思ってダメで、「高校に上がったら今度こそ」と思ってもやっぱりダメで。
同じ高校へ進学した子が学校を辞めたこともあって、「もういいや」って。僕も高1の夏休み明けに辞めました。それから通信制高校へ通って画塾に行き、そこの先生に教えてもらった大学へ進学しました。大学生になってからは、少しずつ喋れるようになりました。
――しろやぎさんは大学卒業後、苦手だった学校へ臨時講師として戻りますよね。なぜですか?
しろやぎ こんなことを言うと怒られそうですが、最初は生活のために働くつもりでした。当時は画家を目指していて、制作を続けていくためにはどうしたらいいのかと考え、美術の先生だったら教えながら自分も作ったり勉強できてちょうどええやん! っていう安直な考えで臨時講師を始めました。
最初はそんな理由だったんですけど、講師の仕事をやっていると「どうすればもっと授業がわかりやすく楽しくなるだろうか」とか、「どうすれば生徒のためになるだろうか」とか考えるようになって、帰るのがどんどん遅くなっていきました。他の先生はこれだけやってるのに、前の先生はあれだけやってくれていたのにと勝手に自分と比較して落ち込んだり、教材研究に自分の小遣いを突っ込んだりしていました。自分がいままで想像していたよりはるかに学校の先生というのは子供たちに対して一生懸命で、自分もそうならなければと思っていた気がします。
絵の制作も毎年公募展に出すくらいには喰らいついていたんですけど、途中特別支援学校に転勤することになってさらに「子供のために」という気持ちが強くなってしまって、絵とかもうどうでもよくね、と思って辞めたら全部の気力がなくなって仕事も辞めました。

――教師はしろやぎさんにとっておすすめの職業ですか?
しろやぎ 白兎先生でブラック労働を描いていうのもあれですが、おすすめだと思います……。生徒と一緒に規則正しく生活して、行事があって季節を感じれるところとか……
先生は規則正しくはないか……。
『白兎先生は働かない』では、そういう教職ならではの良さも意識して描きました。労働環境に対する問題点も取り上げつつ、教職を単純化しないようにしました。
読者から「教師のささやかな喜びや幸せが描かれていてうれしかった」と感想をいただけて安心しました。

――今後、学校現場にはどのように変わってほしいと思いますか?
しろやぎ 連載中も「現場は変わり始めている」と読者からメールをいただくことがあって。僕としては、そういう変化を一般に広めることが大事だし、漫画を通して伝えていきたい部分だと思っています。
2025.06.03(火)
文=ゆきどっぐ