パリでは若者が“時代劇”の上映に!
滞在2日目の朝、夜明けの市街地を散歩した。レオス・カラックス監督の『ポンヌフの恋人』という映画が好きなので、舞台になった橋を眺めに行って敬意を表し、セーヌ川沿いにあるカフェで朝食をとった。
腹ごしらえをしてから、パリ中心部の映画館に向かう。27スクリーンもある巨大なシネコンだった。『碁盤斬り』はシアター14で、フランス語字幕での上映だ。
朝早い上映だったので劇場はガラガラだろうと思っていたが、さにあらず。想像していたよりも多くのお客さんが入っていた。日本では年配の人が客層の中心だったが、パリでは若い人の姿が目立つ。観客の反応からして映画の意味は正確に伝わっているようだった。

私は囲碁が趣味だ。生涯に1本は囲碁の映画脚本を書きたいと思っていた。そこで、落語の柳田格之進を元にして脚本を書き始めた。その時は、まさか私が書いた柳田格之進をパリのスクリーンで見ることになろうとは夢にも思っていなかった。
感慨無量で映画を見終えてから、シャンゼリゼ通りの老舗カフェ「フーケ」に向かった。
このカフェは、イングリッド・バーグマンとシャルル・ボワイエが出演した映画『凱旋門』に登場している。その他にも、多くの映画の舞台となった。フランスで最も権威のある映画賞であるセザール賞のパーティー会場にもなっているから、我々映画人にとっては聖地である。
私たちはシャンゼリゼが眺められる席に陣取った。『碁盤斬り』はフランスの興行成績でベスト10に入った。ユーザーレビューもたいへん評価が高かった。フランスでの映画の成功を祝し、シャンパンで乾杯することにした。気分がいいので、ちょっと奮発して高級シャンパンのボトルを注文した。
シャンパン1杯が4000円。映画のチケットは……
エッフェル塔にも登った。エレベーター乗り場まで延々と続く階段がしんどくて、すっかり息が上がってしまった。ミネラルウォーターを買ったが、2本で1500円だった。エレベーターで塔の最上部に上がって飲んだ、プラスチックカップに入ったシャンパンは1杯4000円近かった。観光地とはいえ、日本人には驚くような値段だ。一方で、映画のチケット代は、朝の上映なら1800円ほど。割高になる夜の上映で2600円ほどだという。物価の水準を考えると、ずいぶんと手ごろだ。映画がフランスの人々の生活に根付いている証左だろう。
翌日は、パリ東駅からフランスの高速鉄道TGVに乗り、さらに車で見渡す限り広がる葡萄畑を抜け、シャンパーニュへと向かった。目的地はシャンパンの蔵元だ。美食家の道永さんが招待を受け、私たちもご相伴に与ることになったのだ。
見事なフランス庭園を併設する古城のような館で食前、前菜、食中のそれぞれに合うシャンパンを飲み比べ、ロゼも1本飲ませてもらった。食後に案内された地下の貯蔵庫には、多くのシャンパンが蔵で長い眠りについていた。ホスピタリティマネージャーが「皆さんのために特別に1本シャンパンを開けましょう」と言う。出されたボトルは埃が被ったままで、ラベルはついていない。1964年のビンテージのシャンパンだった。これがとてつもない味だった。こんな貴重なワインは、生涯二度と飲む機会はないだろう。自分の映画がフランスで評判を呼んでいる。その高揚感とともに飲んだ、最高のシャンパン。この香りと味は一生忘れまい。
2025.04.30(水)
文=加藤正人