その頃、日本では86歳の母の物忘れがひどくなり…
実はベレンの名付け親も夫だ。大航海時代の船が出発したベレン港のことかと思えば、当時イタリアで大人気だったセクシータレントのベレン・ロドリゲスが由来だった。プライドの高い先住猫のベレンはアタワルパを受け入れようとしなかった。アタワルパを追いかけ回し、2匹ともストレス性のハゲができてしまい、こんなはずではなかったと夫も頭を抱えた。
その頃、日本では86歳の母の物忘れがひどくなり、指の関節が固まって楽器が持てなくなっていたが、平気だと言って自分の病を認めようとしなかった。

私と一緒に孫に会いに出かけたハワイで倒れて入院すると、病室をコンサートホールと思い込んで「床が汚いわ。早く拭いてちょうだい」と私に命じたかと思えば、部屋の一角を指さして「黄金に輝く観音様がたくさんいる」と言い出した。医者は血圧を下げる薬の影響だろうと言ったが、帰国後にあらためて診察を受けたところ、レビー小体型認知症とパーキンソン病を併発していることがわかり、長期の入院生活が始まった。
母の入院後、留守宅のテーブルに書き損じの手紙が何枚もあるのを見つけた。「ご無沙汰をしております、その後お元気でしょうか」という書き出しの、誰に宛てたものかわからない手紙は、達筆だった母の字がミミズのように弱々しく歪み、文章はどれも2行ほどで途切れていた。私は胸が締め付けられた。できていたことができなくなっていくというのは、どんなに切なく辛いことだっただろう。
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Mari Yamazaki
1967年東京都出身。漫画家・文筆家・画家。日本女子大学国際文化学部国際文化学科特別招聘教授、東京造形大学客員教授。84年よりフィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。主な受賞歴に2010年『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)でマンガ大賞2010、第14回手塚治虫文化賞短編賞。15年度芸術選奨文部科学大臣新人賞。17年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ章。24年『プリニウス』(とり・みき氏と共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞。著書に『ヴィオラ母さん』(文藝春秋)、『貧乏ピッツァ』(新潮社)など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中、2巻が好評発売中。
写真:ヤマザキマリ、山崎デルス


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2025.03.29(土)
文=こみねあつこ