3人の苛立ちを癒してくれていたのがベレンの存在

 飼い主の勝手でゴルムを預けたために死なせてしまったと思うと、しばらくは立ち直れなかった。夫は私をどう慰めたらいいのかわからずお手上げだったようだが、ある日「君のその愛情を必要としている猫がいた!」と、ネットで見つけたブリーダーのサイトを見せてくれた。ポルトガルのコインブラという古い学園都市で生まれた仔猫が4匹、みんな古代ローマ時代の著名人の名前が付いている。「ほら、君にぴったりじゃないか」。

 ベンガル猫ならではのヒョウ柄模様が出ていないということで4匹ともバーゲン価格で売り出されていた。不憫に感じた私は、その中からクレオパトラという名前の、四肢が太くしっかりした雌猫を選んだ。これがベレンとの出会いだ。手付金が必要というので、夫と最寄りの名護市の郵便局からポルトガルのブリーダーへ国際送金をした際のやり取りが、冒頭に紹介した郵便局のシーンである。

 宅配の配達人にも懐くようなゴルムと打って変わって、ベレンは臆病で極度の人見知りだった。リスボンの家に来た当初は3日間、タンスの奥に隠れて出てこなかった。私と息子はベレンのペースで馴れてくれるのを黙って待った。

 ベレンが家族に加わった2年後に全員がシカゴで合流して暮らし始めるのだが、当時の私は漫画の連載5本に加えてエッセイの連載も5本という忙しさのピークで、そんな私に夫がキレたのは前述したとおりである。なにせ夫も実績主義のアメリカの大学の忙しさに奔走し、息子も入学した高校で、慣れない英語での授業にストレスが溜まっていた。こうした3人の苛立ちを癒してくれていたのがベレンの存在だった。

 3年後、息子がハワイ大学の工学部に進学し、我々夫婦はイタリアへ戻ったが、私はひと月おきに日本と往復する生活で、夫は「ベレンは君がいなくていつも独りぽっちだから寂しいだろう」と、近郊の農家から生まれたばかりの仔猫をもらってきた。猫種は『ちいかわ なんか小さくてかわいいやつ』に登場する素朴そうなハチワレだ。女の子なのに、夫によってアタワルパというインカ帝国の王の名前が付けられた。性格は温厚そのもので、夫によく懐いた。

2025.03.29(土)
文=こみねあつこ