沖縄のこと、アートのことを「伝えたい」と思ったんです

今月のオススメ本
『太陽の棘(とげ)』原田マハ

60年前の記憶を、精神科医のエドは思い出す。灼熱の沖縄で過ごした日々は、人生を照らす光であり棘でもある……。副題は「Under the Sun and Stars」。「日章旗の下でも星条旗の下でも、沖縄の人達は自分を曲げずに生きてきた。そんな思いを込めました」(原田)
原田マハ 文藝春秋 1,400円
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 画家アンリ・ルソーの代表作「夢」を巡るコンゲーム『楽園のカンヴァス』、印象派の巨匠達の知られざる苦悩を描いた『ジヴェルニーの食卓』……。アートを題材にした小説を書き継いできた原田マハが、最新長篇で取り上げたのは、終戦直後の沖縄に実在したアーティスト集団だ。

「デビュー作の『カフーを待ちわびて』は沖縄が舞台だったんですが、純度の高いキラキラした恋愛小説にするために、沖縄の影の部分、歴史の部分にはあえて触れなかったんです。そのことに対して、ずっとわだかまりがあったんですよ。私の大好きな沖縄が持ってるもうひとつの顔を、いつか書かなければと思っていた。そんな時に、ニシムイ芸術村の存在を知ったんです」

 ニシムイ(北の森)では、30歳のタイラを筆頭に、若く情熱的な画家達がアメリカ人に絵を売ることで生活を営んでいた。その森に偶然迷い込んだのが、軍医としてサンフランシスコから赴任していた24歳のエドだ。人名は変えているが、これらの経緯は事実に基づいているという。

「終戦直後の複雑な時代背景の中で、本来巡り会うはずのない両者が交わって友情を育んだ。そんなの絵空事だよと言われてしまうリスクのある、難しい物語だったと思うんです。それでも私が書き終えることができたのは、ひとつには、この物語の骨子は事実であるということ。もうひとつは、エドとニシムイの人達の間にアートがあったことが大きかったです。国境や民族、立場の違いといった垣根を、アートがすべて取り払った。そうした奇跡だったら起こりうるだろうと、自分の中で確信を持つことができたんです」

 過去作ではエンタメとしての仕掛けをふんだんに盛り込んだが、本作は人間ドラマであることに特化した。終戦直後の極貧状態で、それでも絵を描き続けたニシムイのアーティスト達の存在をまっすぐ「伝えたい」。その思いは、作家デビュー前にキュレーターとして埋もれた才能を発掘していた時のものと、合致する。

「実はニシムイのアーティスト達の存在は、沖縄でもあまり知られていません。沖縄にこんなに素敵なアートがあり、そのアートを巡って素敵な物語があったこと。そもそもアートとは、つらい現実の中で心が折れそうになった時に、生きる活力になるものであるということ。この本が、そのことを知るきっかけになったら嬉しいですね。知ったからにはぜひ、周りの人達に伝えてほしいなって思うんですよ」

原田マハ (はらだまは)
1962年東京都生まれ。元キュレーター。2005年に『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞受賞、12年に『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞受賞。

Column

BOOKS INTERVIEW 本の本音

純文学、エンタテインメント、ノンフィクション、自叙伝、エッセイ……。あの本に込められたメッセージとは?執筆の裏側とは? そして著者の素顔とは? 今、大きな話題を呼んでいる本を書いた本人が、本音を語ります!

2014.06.01(日)
文=吉田大助

CREA 2014年6月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

100の“おいしい”こと

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