『ベイビーガール』
今年のアカデミー賞でノミネートされなかったことが意外なのは、この映画のニコール・キッドマンにもいえる。本人としてもそのつもりだったのではと考えられるし、主演女優賞ノミネートに足るだけのチャレンジと表現をしていたのは確かだ。

彼女が演じるのは、気鋭の会社経営者。その優秀さは、女性の地位向上の一助にもなっていた。が、その一方で大きな悩みがあった。それは、性癖だ。男性に服従するようなマゾヒスティックなセックスを心底では求めており、それを言い出せずに夫との性生活に満足できないでいた。だが、そうした彼女の欲求を見抜いたインターンの若者との出会いにより、アブノーマルな性に耽溺していく――。
セックスによる自己の解放がテーマであるとはいえ、ここまで描き切るかと驚くほど、その性描写は大胆かつ詳細だ。このような作品の場合、キャリアが下降線にある俳優が半ばむりやり気味に出演して一発逆転を狙うというのは、これまでも少なくはなかった。だが、ニコール・キッドマンは今でもスターとしての価値を保ち続けており、俳優としても功成り名遂げている。それが、こうしたアブノーマルなセックスを赤裸々に演じるというのは、一つ間違えばその名声を失いかねない、大きな賭けである。
だが、彼女は全く臆することなくやり切ったのだ。映画の開始1秒目から堂々と曝け出し、文字通り身体を張り続ける。その豪快なまでの姿は潔さすら感じさせ、「アッパレ」としか言いようがなかった。これだけの実績の持ち主が、年齢とキャリアを重ねてもなおこうした挑戦をしてのけたことに、最大級の敬意を表したい。

夫役がアントニオ・バンデラスというのがまたいい。この男とのセックスに満足できなければ、それはもうどうにもならないよな――と、主人公の抱える苦悩に説得力を与えていた。
『ベイビーガール』
監督・脚本:ハリナ・ライン/出演:ニコール・キッドマン、ハリス・ディキンソン、アントニオ・バンデラス、ソフィー・ワイルド/配給:ハピネットファントム・スタジオ/原題:Babygirl/2024年/アメリカ/ビスタ/5.1ch/114分/映倫:PG12/字幕翻訳:松浦美奈/©︎2024 MISS GABLER RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED./公式HP:https://happinet-phantom.com/babygirl/
2025.03.13(木)
文=春日太一