直木賞は私にとって…
1993年、小説すばる新人賞を受賞しデビューした村山さん。受賞作『天使の卵』は大ヒットし、同時期に発表した『おいしいコーヒーのいれ方』も人気シリーズになったが、デビューから10年、賞には届かない日々が続いた。
「直木賞は私にとって、作家として歩いていく上で何より獲得したいトロフィでした。それは厳しい母の下で育った生い立ちも関係していると思います。いつ爆発するかわからない母のいる家で平和に暮らすには、常に母の機嫌を窺い『その場の正解を演じる』必要があった。そんな母に作文だけは褒められて育ち、やがて新人賞に応募した私は、デビュー後も『自分は作家に擬態しているだけでは?』という不安が拭えませんでした。だからこそプロの先達に、ちゃんとした作家として承認してもらい、安心したかったのです。
私には、尊敬する先輩作家がたくさんいました(もちろん今もいます)。いざこの世界に入ってみると、幼い頃から自分が心を揺さぶられてきた本の書き手ご本人と、実際に対面する機会もあるじゃないですか。そうした先輩方に、村山由佳という作家を作品で覚えてもらいたい、自分が憧れていた先輩たちの視界に入る作家になりたい。そしたら、いつの日か自分も、私の小説を読んでくれる人たちにとっての“特別な存在”になれるんじゃないか、って思えたんです」

デビュー11年目、念願だった直木賞を受賞した村山さん。賞を得て、何かが変わったのか。
「『直木賞作家』の肩書きを手にすることで、仕事はしやすくなりましたね。『青春小説の書き手』というレッテルから自由になれるし、新しいことにチャレンジしやすくなる。原稿料が上がるとか、当面の間は作家として書く場を与えてもらえるとか、仕事面での安心感ももちろん得られました。
でも、うかうかしてられない、という新たな不安も生まれてきました。後輩の作家がどんどん出てきて、売れていく。他方、私のような中堅作家は新刊を出してもさほど注目してもらえず、書評も出なくなってきます。直木賞をいただいた『星々の舟』は話題になるにせよ、受賞作の次、何を書けば生き残っていけるかを、真剣に考え、悩みました。
そんな折、書き進めていた受賞後第一作の内容を巡って、当時マネジメントをしてくれていた最初の夫との間に齟齬が生じ、度重なる衝突の末、すべてを捨てて家を飛び出しました。
その顛末をもとに『ダブル・ファンタジー』を書いて、ありがたいことに3つの賞をいただいたのですけれど(中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞)、大胆な性愛描写が評判になると、今度は『赤裸々にエロスを描いたから売れたのか?』みたいな不安に囚われ、またもや迷いが生じるのです。
要するに、いくら賞をもらっても、『褒められたい』『認められたい』気持ちに終わりはない。結局、次なる道をどう切り開いていくかは自分しだいなんですね。承認欲求が次の挑戦へと自分をつき動かしてくれるエンジンになるのなら、そんなに悪いものでもないと、ようやく最近、折り合いがつけられました」


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