ニセ科学をテーマにした『コンタミ 科学汚染』を経て、二〇一八年刊行の短編集『月まで三キロ』でついに伊与原新はブレイクする。死に場所を探す男とタクシー運転手の出会い、食堂に毎日やってくる客を宇宙人だと思い込んでいる小学生などなど、登場するのは市井の人々だ。だがそこに、まるで寄り添うように科学の知識や情報が入ってくる。壮大な宇宙の営みの中に私たちは生きているのだと、物語がそっと教えてくれる。本書で新田次郎文学賞を受賞。二〇二〇年刊行の『八月の銀の雪』もまた、その系譜に連なる短編集だ。悩む人や挫折した人々が、それまで縁のなかった科学的な世界に触れることでものの見方が変わっていく。心に沁みわたる物語ばかりだ。

この二冊の間に刊行された十代向けの青春小説『青ノ果テ―花巻農芸高校地学部の夏―』もいい。岩手県花巻を舞台に繰り広げられる地学部の一夏。地学要素はもちろんだが、青春の苦くも甘い足掻きの描写が絶品。鉱物を愛した宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」がモチーフになっているので文系読者にオススメだ。
翻って大人の青春を描いたのが『オオルリ流星群』である。高校時代のひと時をともに過ごしたメンバーが四十五歳になって再集結、町に天文台を作る物語だ。皆それぞれ悩みや挫折を抱えながらも、ここからもう一歩を踏み出そうとする姿に力づけられる。
そしてこれらの、素人が集まり科学的な何かを成し遂げるという構成や、科学は学者だけのものではなく私たちの暮らしの中にあるというテーマ、そして知らないことを知るというプリミティブな楽しみのすべてが入っているのが、ドラマ化もされて好評を得た定時制高校科学部の物語『宙(そら)わたる教室』である。

駆け足だがこうして振り返るに、科学者が探偵役を務めるミステリーも、素人が科学に触れて何かを得る青春小説も、挫折した人を科学が優しく包む物語も、作風は異なるように見えて伊与原新はずっと、科学という営みを通して人のドラマを描いてきたのだとあらためて感じ入った。それこそが伊与原新の世界なのである。


宙わたる教室
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藍を継ぐ海
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2025.03.09(日)
文=大矢博子