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センセイの歌にちなんだ“カナリア・アイランド・アイスティー”
マスターと松本さんがよもやま話に花を咲かせていると、マスターの妻・和美さんがアイスティーを差し入れてくれた。「センセイの歌にちなんだ“カナリア・アイランド・アイスティー”です」

薄く切ったオレンジをアイスティーに浮かべて
海に向いたテラスで
ペンだけ滑らす
「カナリア諸島にて」(作詞:松本隆 作曲:大滝詠一)
大滝詠一さんが歌う「カナリア諸島にて」は、松本さんが大滝さんのアルバム『A LONG VACATION』(1981年)用に書き下ろした曲。詞はアフリカ大陸の北西部、大西洋に浮かぶ“ヨーロッパの楽園”とよばれるカナリア諸島が舞台だ。しかし、当時の松本さんは訪れたことがなく、「カナリア諸島」という言葉の響きだけを頼りに妄想で書いた、というのは有名なエピソード。

「しかしね、アイスティーといえばレモンじゃない、一般的には」とマスター。「それもぼくのねつ造なの(笑)」と松本さん。「レモンじゃ普通すぎるからオレンジにしようと考えた。ぼくがこの歌を書いた1980年代初頭、スライスオレンジを浮かべるアイスティーは世界中どこにも存在してなかったんだ」
「じゃあ、センセイが考案した飲み物だ。ただ、うちのは『薄く』なくて『ぶ厚く切ったオレンジ』だけどね」
「採算取れるのか心配なんだけど(笑)」
マスター夫妻と松本さんは、いまでは互いの家を行き来し、家族のように付き合っている。
「わたしはセンセイの歌で育ってるから本当は偉大すぎる存在なんですけど、なんというか、親戚のような関係というか(笑)」と和美さん。「コロナの時期には、センセイ、お弁当買ってきてくれたことがあって。お客さんも来ないだろうし、食べるものもないだろうからって」
「大変なときやったけど、ああいう状況というのはかえって居心地がいいものだと思ったね。店が家のリビングみたいだったから」とマスターも振り返る。「そういえば、いつだったか、松本さんちでお正月を一緒に過ごしたこともあった。あれは楽しかったな」
「そうだね。あのとき、佐渡さんも一緒にうちに来たよね」と松本さん。
「そうそう! 大晦日にセンセイのお宅でご飯を食べて、みんなで紅白歌合戦を観て。聖子ちゃんや! って。よく考えたらすごい贅沢やったわ」と和美さん。
「佐渡さん」というのは、世界的に活躍する指揮者・佐渡裕氏のこと。和美さんはソプラノ歌手「深川和美」としてクラシック界で活動しており、そんな和美さんを通して、松本さんは佐渡さんとも友だちになった。
2025.03.06(木)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖