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「さっき言ってたボロボロのラブホ、行ってみようよ」

 彼女からDMが届いたのは、そんなときだった。「作品撮りのモデルをしてほしい」と書かれた彼女からのメッセージから、アイコンをタップしてプロフィールページに飛んでみると、そこには美しい女性たちを撮った写真がきらびやかに並んでいて、私は思わず「わぁ」と感嘆の声を漏らした。強く焚かれたフラッシュの前で、彼女たちはみんなそれぞれ自らの美しさを讃えていた。例外なく、すべての写真が、まるでクリムトの絵画のように荘厳な魅力を放っていた。もしかしたら、私も彼女たちのように撮ってもらえるかもしれない。なかば失くしかけていた自信を取り戻したくて、ふたつ返事でOKをした。

 「まずはお話ししましょ」と言う彼女と約束をして、新宿のイングリッシュパブで待ち合わせをした。彼女は絵本に出てくる西洋の魔女のような顔立ちをしていて、瞳はブラウン、髪色はコロコロと変えていたから、はじめて会った日の彼女の髪が何色だったのか、今となっては思い出すことができない。パブの小さなテーブルをふたりで囲んで、彼女はビール、私はモヒートを注文した。真ん中に置いたひとつの灰皿の中に交互に灰を落としながら、私たちは他愛もない会話をした。テーブルの上に置かれた彼女の一眼レフが気になる。今日は撮ってはくれないのだろうかと、会話をしながら私の頭の中はそれでいっぱいだった。飲むとすぐ赤くなる自分の顔を気にしながら、いくら飲んでも変わらない彼女のようすをチラチラとうかがう。徐々にほぐれていく空気の中で、彼女がふと漏らした「撮りたいなぁ」という言葉を、私はすかさず捕まえた。

「じゃあ撮ろうよ、今から」

「今から?」

「撮っちゃおう、さっき言ってたボロボロのラブホ、行ってみようよ」

「じゃあ、行っちゃう?」

「行こう!」

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伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

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Column

伊藤亜和「魔女になりたい」

今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

2025.03.04(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香