
私が思っていたよりずいぶん長く、私たちは友達でいた。ーーまだ何者でもなかった「私」は、あるとき唯一無二の写真を撮る彼女と出会い、魔法のように美しい時間をともに過ごします。今、喪失感とともに思い出す、特別な「魔女」とのエピソード。
お酒の勢いを借りたおかげで、私はその日に写真を撮ってもらえることになった。そのときのことを、彼女は他の友人たちに「私が初対面のアワを、ラブホテルに誘って脱がしちゃった」と笑い話にしていたけど、彼女をラブホテルに誘ったのは私のほうだ。彼女のカメラに自分がどう映るのか、私は早く確かめたくて仕方がなかった。彼女が案内してくれたホテルは話に聞いて想像していた以上にボロボロで、こんなところに来るカップルなんて本当にいるのかと疑いたくなるような、もうほとんど幽霊屋敷のような佇まいだった。ベッドに敷かれたマットレスからは綿が飛び出していて、壁のところどころには穴が空いていた。「ここ、はがしたらお札とか出てくるかも」とふたりで悲鳴を上げてはしゃぎながら、私はもしものためにと着てきた一張羅の下着姿になった。
黒いレースのロングカーディガンを羽織って、鏡張りになったヘッドボードの上に片肘をついて寝そべる。彼女は最低限のポーズだけを私に指示して、一枚一枚、慎重にシャッターを切っていた。大量のデータから奇跡の一枚を探し出すのではなく、シャッターを切った瞬間すべてが傑作となるように、彼女は相手の大切な話に真剣に相槌を打つように写真を撮った。撮影現場でよくあるような、大げさに私を褒める様子もなく、フラッシュが焚かれるたび、まるで誰にも聞こえていない独り言のように彼女は「綺麗」と小さく呟く。撮影時間はほんの10分くらい。私は、後にも先にも、こんなふうに写真を撮る人は彼女以外知らない。
その日のうちか翌日か、ほどなくして彼女から送られてきたデータを見て、私は初めて写真に映った自分を心の底から美しいと思った。褐色の肌、くびれの曲線、胸の形、顔に少しかかった黒髪のカーブも瞳の表情も、本当に、美しくないところがどこにもなかった。「これが私?」なんて、最近は映画でも言わないような浮かれたセリフを私は声に出して言ったと思う。ここに映っている私がこの世界に本当に生きているのだとしたら、なんて幸せなことだろう。私は魔法にかけられたような自分の姿を、いつまでもうっとりと眺め続けた。
2025.03.04(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香