この記事の連載

私たちは魔女。同じ誕生日の、嫌われ者の魔女だから。

 私と彼女は友達になった。彼女のマンションには常に誰かが遊びに来ていて、いつも誰かがなにかを作っていた。衣装を作ったり、アクセサリーを持ち寄ったりして作品撮りをすることもあれば、ただ床に転がって酒を飲んだり、映画を観たりして時間を過ごしたりもした。東京を生活の場とし、才能に恵まれた女たちの集会場。みんな自分のしたいことを一生懸命やっていた。まだまともに文章を書いていなかったそのころの私は、そんな彼女たちに交じって、さも自分もなにか特別な力を持っているように振舞うことしかできなかった。私は写真も下手だし絵も描けない。私の才能って、いったいなんなんだろうか。「しごとしごと」と、忙しそうにパソコンを睨んでいる彼女の横で、私はただ、お茶を飲んではタバコを吸った。

 彼女はよくSNSでこんなことを言っていた。

「私の味方でいてくれない人に、私の作品を愛してほしくない」

 当時の私は、才能を使って仕事をしている彼女がどんなことで悩んでいるのかなんて、想像することもできなかった。好きなことを仕事にできて、お金を貰えるなんて、それだけでも恵まれたことだ。それなのに、どうしてこんなに頭を悩ませて、SNSの意地悪なメッセージに正面からぶつかって傷つきながら生活をしているのか。自分の味方じゃなくても、作品が愛されるならそれで十分じゃないか。彼女の苦しみの種は結局、東京に広い持ち家があって、就職しろと小言を言ってこない両親がいる人間の贅沢な悩みに過ぎないように思えて、私は心のどこかで鼻白んでいたのだと思う。彼女はときどき、文章の仕事がしたいと私に漏らした。

 どうして? あなたには誰にも撮れない美しい写真を撮る才能があるのに、どうしてそんなことまで欲しがるの?

 私は少しずつネット上で短い文章を書き始めていたから、やっと見つけた自分のなけなしの取柄まで取られてしまうような気がして怖かったのかもしれない。それでも私は彼女と馬鹿な話をしながら飲み歩くのが好きだったし、彼女の写真が大好きだった。彼女と友達で居続けるために彼女の写真を愛し続けていたし、反対に、彼女の写真の世界に居続けたかったから、ずっと彼女と友達でいようと思っていた。どちらの気持ちが重かったのか、そのときのわたしの気持ちはわからない。彼女の味方でいなければ、彼女の作品を愛することは許されない。そんな彼女との契約を、私はのちに破ることになる。

 いつか私は彼女に頼まれてテキストを書いた。気に入ってくれるだろうかと悩みながら書いた文章を送ると、彼女はひとこと「あなたの文章が大好き」と言った。私はそれが今も誇らしくて、なにかひとつ書き上げるたびに思い出している。正直、文章の仕事なんてロクなもんじゃないよ。私がこんなものを書いているなんて知ったら、きっとあなたはカンカンに怒る。それでも書かずにはいられないのだもの。書かなくていいなら書かずにおきたいけれど、それじゃあどうしても終われない。この連載も終われない。私たちは魔女。同じ誕生日の、嫌われ者の魔女だから。

伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

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Column

伊藤亜和「魔女になりたい」

今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

2025.03.04(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香