高部 うちはごく普通のサラリーマン家庭でした。私がバレエをやるのに母親は協力的で、父親も応援してくれてはいたんですが、やはりプロを目指すとなると心配だったみたいです。「ローザンヌ国際バレエコンクール」に出場するにあたって、父親に「受賞できなかったらバレエは趣味でやってほしい」と頼まれ、夢のために必死でコンクールに挑みました。
留学後に高校に復学したのも、父親から「せめて高校は卒業してほしい」と言われたからです。今となっては父親があれだけ心配したのも理解できるんですけど、やっぱりバレエに打ち込むには、どうしても家族の理解がないと大変ですね。
家族の理解を得るためには、先生とのこ゚縁が重要です。自分の場合、来日した「キエフ・バレエ(現・ウクライナ国立バレエ)」の講習会に参加したとき、団長さんが私の親に「この子は才能がある」と言ってくださったのが非常に大きかったと思います。あれがなかったら、今ごろバレエとは全然関係ない仕事に就いていたかもしれません。
YouTubeで「有名バレエ団」になることの責任
――YouTubeチャンネルをきっかけに、谷桃子バレエ団は、バレエに全く触れたことがない人たちの“ジャンルの入り口”としての存在を増しています。その役割のやりがいや責任は感じていますか?
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高部 初めてバレエを見に来られる方が本当に増えているので、責任は感じます。私たちの公演でがっかりさせてしまったら、その方はもうバレエ自体への興味を失うでしょうから……。「谷桃子バレエ団をきっかけに、ほかのバレエ団の公演も見に行くようになりました」という感想はすごくうれしいです。昔はうちのバレエ団のことだけで精一杯で、バレエ界全体をどうこうなんて目標は全く持っていませんでしたが、「もしも谷桃子バレエ団がジャンル全体に良い影響を与えることができるのだとしたら喜ばしいことだ」と今は感じます。

――多様なエンターテインメントが存在する現代で、あらためてバレエの魅力とは何だと考えていますか?
高部 劇場って異空間なんです。家の中でも楽しめる娯楽がたくさんある時代ですが、オーケストラの演奏を聞き、舞台上の踊りを見ることでナマの聴覚と視覚が刺激される体験というのは、やはり特別なものではないでしょうか。セリフはなくとも、伝わってくるものがあるはずです。
そして何千人もの観客がひとつの舞台を一緒に見て、拍手してくださるんです。舞台の側にいる私たちは、どれくらいの量の拍手が来るか毎公演ドキドキするし、スタンディングオベーションなんて涙が出るほど喜ばしい。舞台の上と下で一緒にひとつの時間と空間を共有して作り上げるのが、バレエ、ひいては舞台芸術の醍醐味だと思っています。
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2025.02.18(火)
文=原田イチボ@HEW