いくら女子大進学者といえど、男子が隣に座ったくらいでうろたえることはない。しかしその男子が、しゅっとしていて、清潔感があり、ピアニストのような繊細な指で文庫本のページをめくっていたりして、しかも横光利一の『機械・春は馬車に乗って』を貸してくれたりしたら――。

『坂の中のまち』中島 京子(文藝春秋)
『坂の中のまち』中島 京子(文藝春秋)

 中島京子さんの新刊『坂の中のまち』は、文豪ひしめく坂だらけの町・文京区小日向(こひなた)で進行する、ちょっと不思議な恋愛譚。主人公・坂中真智は、大学進学を機に上京し、祖母の親友・志桜里さんの家に下宿することになる。昭和初期からタイムスリップしてきたかのような文学青年・エイフクさんの「隣に座った」ところから恋がはじまる……のだが、中島さんは「恋愛の話にするつもりはなかったんですけどね」と笑う。

「彼は、全六話のうち一話だけに登場させるつもりで描いたんです。しかし、いつの間にか他編に進出してきて、一作を通して二人の恋の行方を追うはめに(笑)。予想外ではあったものの、いいキャラクターになった、作品を引っ張ってくれたなあと」

2025.02.04(火)