小日向に住んだ数々の文豪たち

 本作を描く種になったのは「小日向」という町。中島さんは、小説家デビューをこの町で果たし、四半世紀にわたって居住した。

「住んでいたのは遠藤周作の『沈黙』にも登場する切支丹屋敷のすぐそば。永井荷風が生まれ、安部公房が住み、夏目漱石の作品はほとんどこのあたりで進行すると言っても過言ではないほど、いたる所に文豪の影を感じる町です。わたしが小説家になったのも、この町に住んだから、というわけではないのですが(笑)、文豪の気配が、『小説を書け』と語りかけてくるような気がするんですよ」

 切支丹屋敷から出土した「骨」が記憶を語りだしたり、フェノロサの妻と邂逅したり。過去と現在、夢とうつつを軽々と行き来しながら物語は進む。

 
 

「東京という町は、わたしにとって現在と過去が同居しているようなイメージなんです。新しいものがポコポコとできる一方で、一本路地を入ればすごく古いものが残っていたりする。そこには人がずっと住んでいた息吹があって、その重層性が東京を作っているような。田山花袋『蒲団』を下敷きにしたデビュー作『FUTON』からずっと、東京に暮らしているからこそ、こういう形で書いてきたのだと思います」

 この地に眠る数々の文豪の物語の上に、真智とエイフクさんの新たな物語が立ち現れる。主人公の目で描かれる「小日向」という町に、呼ばれているような気がする。

なかじまきょうこ 1964年東京都生まれ。2010年『小さいおうち』で直木賞、22年『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『うらはぐさ風土記』など。

坂の中のまち

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2025.02.04(火)