昨年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことは記憶に新しいところ。CREAが注目したのは、独自のユニークな視点で醸造の可能性を追求している福島県白河市の有賀醸造です。
30年以上前から製造している知る人ぞ知る純国産の「虎マッコリ」や、東日本大震災をきっかけに実家に戻った薬剤師の長男と免疫学の研究者だった次男の理系ブラザーズが理系の頭脳で醸し、復活&アップデートさせた日本酒が快進撃を続けている酒蔵なのです。
「虎マッコリ」で話題の酒蔵で異色の経験を酒造りに活かし、理系の頭脳と自由な発想で醸す酒とは?
酒蔵の創業は江戸時代末期の1774年。昨年、創業250周年を迎えた有賀醸造は越後高田藩(新潟県上越市)の飛び領地となっていたこの場所(福島県白河市東釜子)に設けられた陣屋で、大名から酒造りの命を受け酒造りを始めます。
国内では珍しい純国産のマッコリが人気で、それを主軸にしていた蔵の酒造りを大きく変化させたのは2011年の東日本大震災でした。薬剤師の長男・一裕さん、そして、研究者だった次男・裕二郎さんも「地元のために何かしたい」という強い思いとともに戻ってきます。
「何から始めたらいいのかまったくわからない状態でした」(裕二郎さん)
途方に暮れながらも、自分たちができる方法を模索しながら、酒造りを理解していく日々が始まります。
「まず蔵の状況を把握していくと、うちでは、大吟醸や純米吟醸という特定名称酒ではない、いわゆる普通酒と呼ばれるリーズナブルな日本酒をメインに造っていたんです。好評の虎マッコリだけでなく地元の人たちに楽しんで飲んでもらえるような日本酒をちゃんと造りたいという思いがまず湧いてきました」(裕二郎さん)
二人がリニューアルを試みた銘柄は、純米大吟醸酒の「生粋左馬」と酒蔵のルーツともいえる名を冠した「陣屋」。現在「生粋左馬」は純米吟醸、純米なども製造されています。
「新しい時代を駆け抜けていく一本として、左馬という銘柄はかっこいいなと思ったんです」(裕二郎さん)
現在、この2銘柄が有賀醸造の看板主力銘柄です。裕二郎さんが蔵に戻った翌年から取り組んだ「陣屋」特別純米は、2016年に開催された「SAKE COMPETITION 2016」(※1)純米の部で金賞を受賞。金賞は上位10銘柄に与えられます。酒造りを始めて4年目での快挙。
「驚きました。奇跡ですよね。でも、それによって自分たちの進む方向性は間違っていなかったということが証明できましたし、大きな自信にも繋がりました」(裕二郎さん)
度重なる災害のため煙突が壊れ、建物も半壊状態だった蔵を壊して新しい蔵を建てる決断をした裕二郎さん。今春の完成を目指し工事が進行中です。
途方に暮れていた理系ブラザーズがどのように酒造りを進め、奇跡を起こしたかについてはのちほどご紹介します。
※1 「SAKECOMPETITION」は、消費者が本当においしい日本酒にもっと巡り会えるように新しい基準を示すことを目指して2012年にスタートした市販日本酒の品評会。
2025.01.25(土)
文=齊藤素子
写真=志水隆