この記事の連載

壊れているのは機械ではなく私だった

 最初の金縛りに悩み始めたのと同時に、私は自分の胸の鼓動に違和感を覚えるようになった。夜眠ろうとすると、それまで規則的だった心臓の動きが、数回にいちど胸を殴られたように大きく響く。そのあと心拍一回分の音が抜けて、またもとの鼓動に戻る。なんどもなんどもそれを繰り返す。痛みは特にないが、なにか良くない事態が起こっていることは明らかだった。私の脳裏に「突然死」という言葉がよぎる。世間でちょっとばかり評価され始めた矢先に夭折する若い作家の話は昔からよくある。彼らの作品は、その命の短さも含めて評価が上がり、その儚い生涯は美しい物語に昇華される。気軽に泣ける感動的な話。当の本人たちからすればたまったもんじゃないだろう。もしや、私もそのコースに乗り始めているというのか。いや、美談になるにも人気が中途半端すぎる。全然まだ死にたくない。そう思って病院で検査を受けた。

 胸にいくつかの吸盤をくっつけられて、仰向けになってじっと天井を見つめる。心電図の機械をいじっている看護師のようすがおかしい。「あれ? あれ?」と言いながらあちこちのボタンを押し、私の足首につけたクリップのようなものを外したりつけたり、いちどつけた吸盤を取ってまたくっつけてみたりを繰り返している。看護師は私にペコペコと謝って検査室を出ていき、それからまた数人の看護師を連れて戻ってきた。

「機械の調子が悪くて」

「おかしいね。電源入れなおしてみてよ」

「充電切れてるんじゃない? そんなことないか」

「このバッテンの表示はなに? 見たことないよ」

 どうやら心電図が表示されないらしい。あーでもないこーでもないと言いながらまた別の看護師が集まって、最終的に私の周りで5人ほどの看護師が、なかばおびえながら心電図を見守っていた。どうやら、壊れているのは機械ではなく私のようだった。

「こんなのはじめて。録画して録画」

 「とっても冷たい。大丈夫ですか?」と足をさすられながら聞かれた。手足が冷たいのはいつものことで、べつに体調が悪いというわけでもなかった。結果的にやはり不整脈があるという診断を受け、大学病院に紹介状を書いてもらって今に至る。最近以前にも増して体力が落ちたとは思っていたが、まさかこんなことになるなんて。全力疾走できる距離が短くなったとか、徹夜ができなくなったとか、そういうことで「体力がなくなった」と思ったわけではない。私は最近、姿勢が悪い。私はたぶん、気高く佇む体力を失ったのだ。

» 後篇を読む

伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

次の話を読む気高く居るにも体力が必要です。(後篇)

Column

伊藤亜和「魔女になりたい」

今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

2025.01.07(火)
文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香