今村 けっして優しいだけの物語ではなくて、江神も火村も、実はそれぞれ闇を抱えていますもんね。火村が「人を殺したいと思ったことがある」とか、江神の家族が離散していたりとか、過去に何かがあったらしいけれども、詳しいことは明らかにされていない。

 青崎 そこがまた読者を虜にしてしまう要素ですよね。織守さんがおっしゃったハッとする一文ということで言うと、僕が衝撃を受けたのは、中編「スイス時計の謎」(『スイス時計の謎』収録)。推理自体ものすごく秀逸な論理が展開されるんですけれども、火村が謎解きを終えた後、犯人が火村の推理を認める時に、「論理的です。……悪魔的(ディモーニアック)なまでに」と言うんです。要するに犯人が負けを認めた一言で、これ、すごいセリフだなと。僕もいつか犯人に「悪魔的なまでに論理的です」と言わせられるようなミステリを書きたい。漫画の『カイジ』でキンキンに冷えたビールを飲んで「犯罪的にうまい」と言うのと同じくらいのパワーワード。

 織守 わかる! 激しく伝わってくるものがあります(笑)。

 

トリビュートの依頼

 青崎 おふたりは今回のオファーを受けた時ってどう思いました?

 織守 どんなに難しくてどんなに忙しくても断れない仕事というのがある、と思いました(笑)。もちろんうれしいんですけど、「えっ、できるのか自分?」という不安もあって。自分の好きな作品の二次創作をやる、しかも公式で……。正直、書ける自信はまったくなかったです。でも、もしオファーがなかったとしたら、「そうか、私には声がかからなかったか」と寂しく思ったはずだし。

 今村 火村を書くというのはすぐ決まったんですか?

 織守 最初「火村シリーズはやめよう、好きすぎるから」と思ってたんです。担当さんにも「火村を書く人はいっぱいいるだろうから、私は濱地健三郎かな。ホラー作家として期待されてる気がするし」と言いました。そしたら担当さんが、「一番好きなのは?」と聞くんです。「……ひ、火村シリーズです」と答えると、「織守さん、好きなもの書きましょう。自分に正直になりましょう。それを読者も読みたいはずです」って。

2024.12.08(日)
文=青崎有吾,今村昌弘,織守きょうや