銀色と桃色に空が光って夜が明けていき、薄青と真珠色の朝もやが淡くかかり、やがてどこまでも高い青空が広がり、緑のまき場はそよ風に波うち、歩いていく島の赤い道のセント・ローレンス湾に濃紺の海が盛りあがるように満ち、赤茶の砂岩の断崖に打ちよせる白波の音を聴き、潮の匂いをかぎます。また林をゆけば木立を吹きぬける風の涼しさに驚き、高緯度地帯の夏の8時、9時となってもなかなか暮れない金色(こんじき)の明るい夕方を初めて体験し、壮大な夕焼けに天を仰いで息をのみ、紫色に翳(かげ)っていく宵に星影がまたたき、夜の漆黒の海に昇る月の幻想美、月にむかって暗い海面に銀色の道がちらちらまたたいてのびている美しさ。モンゴメリによる麗々しい島の描写は現実の風景であり、そこにわが身をおく喜びに陶酔しました。

 モンゴメリ生家で彼女の父母の新婚までの暮らしを想い、引きとられて育ったマクニール家では家屋はすでにないものの、敷地を囲む木立の葉のざわめきを聴きながらモンゴメリが『アン』を書いた暮らしを想い、モンゴメリと夫ユーアンが結婚の誓いを述べたキャンベル家客間の暖炉の前に私も立ち、彼女が生きた日々を実感しました。

 次からの取材はレンタカーで移動しましたが、最初の旅は、島に生まれ育ち、米国テキサス州で働いて島外の暮らしも知るカナダ人男性の運転とガイドでまわり、島の習慣、食事、動植物、島民気質、そしてモンゴメリについて質問しました。島からアンのふるさとノヴァ・スコシア州の空港へ飛び、モンゴメリが大学で学び、新聞社に勤務して、第三巻『愛情』に描いたハリファクスも1991年に取材しました。

 カナダ東部とモンゴメリの故郷を旅して、『アン』を深く理解できた感激と文学旅行の意義を知った私は、それからは好きな小説の土地と作者の家を探してドイツや英国など欧米の田舎へ行き、100作品の舞台を訪れるようになるのですが、その始まりはプリンス・エドワード島旅行でした。

2024.12.02(月)
文=松本侑子