〈周辺症状にはすべてそうなる理由があり、根元を断ち切って周辺症状が穏やかになれば、残るのは記憶障害だけである。となれば、認知症とは病でなく、社会の「助け」があれば普通に暮らすことができる「障害」なのではないか。(略)もうそろそろ、認知症は病気という先入観から抜け出すべきだろう〉

 認知症になると、新しいことが覚えられなくなる記憶障害を中心に、日時や場所など自分が置かれている状況を理解できない見当識障害などがあらわれるが、これらは脳の障害が直接的に引き起こすということで「中核症状」といわれる。これに対して「徘徊」や「暴言・暴行」などの症状は「周辺症状」と呼ばれている。介護する家族を悩ませるのは、もっぱらこの周辺症状である。後ほど詳しく説明するが、これが改善されると、認知症であっても普通に生活することは可能なのだ。

「認知症は病気ではないのでは?」と思い始めたころ、偶然にも静岡県富士宮市にいる八〇歳のアルツハイマー病の敏和さんに、「認知症になってどうですか」とたずねると、こう言われたと、先ほどのレポートに記している。

「あれは病気じゃないよ。病気でありながら病気じゃないんだよ。だからね、ああいうのはあんまり大げさにせんほうがいい」

 敏和さんの妄想かもしれない。でも、実感かもしれない。確たる根拠はないが、認知症が病気であることに疑問をいだいたのはこの時分からである。もっとも、医師が診断して薬も出している認知症を、素人が病気ではないという方がおこがましく、病気でなければ何なんだ、と問われても、私にはひと言も返せなかった。

 でも自分で言うのもおかしいが、間違ってはいない気がしたのである。こういうときは、自分が感じたことを信じることだ。それを他者に説明するには、さらに認知症の人から話を聞きながら、それを分析するしかない。

 そんなことを続けているうちに、ようやく「認知症は病気ではない!」と断言する認知症の専門家に出会うことができた。高齢者の認知症は病気ではないことが広く知られるようになれば、根拠のない認知症への誤解と偏見を糺すきっかけとなり、認知症と診断された本人だけでなく、認知症の人を介護する家族も、その環境が大きく変わるのではないだろうか。

 なお、本書で取り上げる認知症とは、老年期のアルツハイマー型認知症のことを指している。なぜアルツハイマー型だけなのか、その理由は後述する。

 また、登場する認知症の人とその家族は仮名とした。

参考文献
※1 小澤勲『痴呆を生きるということ』岩波新書、2003


「はじめに」より

認知症は病気ではない(文春新書 1473)

定価 1,166円(税込)
文藝春秋
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2024.11.12(火)