料亭や茶屋の並ぶ道を抜け、嵯峨野は細道へ入った。石畳は模様を少しずつ変え、グネグネとした石階段に繋がる。
嵯峨野の後頭部を見下ろしながら飛んでいると、階段の下に、なにかがいた。
白い……真っ白い。細長い四つ足の……。
嵯峨野も「ん?」と声を上げる。近づいていくと、それは鹿……によく似た顔と胴を持っていた。だが手足が異常に長細い。叩けばぽきんと折れそうなほどに。
そいつの顔は嵯峨野のすぐ上を飛ぶ俺と、視線が交わる高さに位置している。
「わ! 驚いたな。竹馬かぁ!」
その声を聞いて、ほっと胸を撫でおろす。
よく見ればなかに人が入っているようだった。頭と胴体が着ぐるみで、両手足に長い竹馬を括り付けた……。
「大道芸人か?」
俺が言うと、鹿はふるふると首を横に振った。
「あはは、すごいな! 怖かわいい。写真いいですか?」
鹿は首を傾げる。嵯峨野はイエスと捉えたのかスマホで数枚写真を撮った。
嵯峨野は礼を言って脇を通り抜けようとした。しかし鹿は細長い足をひょいと彼の前に出す。反対へ回ろうとしても、こつ、こつと、通せんぼをするように動き、嵯峨野は鹿のお腹の真下に収まってしまった。
檻みたいだった。
さすがに戸惑いだした嵯峨野はその場でおろおろと足踏みをする。
鹿は下を向いた、かと思うと……。
ぬうううううる。
……っと首を伸ばして、嵯峨野の顔を逆しまに覗き込んだ。
鹿の顔は、年老いた人面に変わっていた。
嵯峨野は「あ、あ……」と小さく声を漏らす。
お腹の下まで伸びた首がぐるりとひねられ、頭が上にくる。
──とり こ とりー。
鹿が動かした口のなかには、舌があった。ぬらりと湿っていた。
男とも女ともつかない嗄声が繰り返される。
──とり こ とりー。
俺は慌てて叫ぶ。
「お菓子……! お菓子だ嵯峨野!」
尻もちをついた嵯峨野の頭に、大きく開かれた鹿の口が迫る。草食とは思えない牙だ。
「ポケットにしまったろ!」
2024.10.29(火)