物語の主人公にふさわしい人物。
そんな印象を受けた。
美蔵堂にはたまたま迷い込んだのだという。
「次に出すフォトエッセイに使えそうな、いい写真を撮りたくて通りを彷徨っていたんです。そうしたら、すーっと吸い寄せられるように、ここに」
「へぇ、エッセイを……! さっき類が訊こうとしていたやつか」
俺はつい口に出すが、当然、嵯峨野には聞こえない。類が咳ばらいをした。
「写真集のようなものですよね?」
「なんだ。活字は少ないのか」と俺は懲りずに口を挟む。
「そうですね、今回は写真が多めの本になりそうです。でも、僕はできれば自分の写真より風景の写真とか……、下手ですが、コラムをたくさん載せたいと思っていて……!」
嵯峨野は下を向きながらも強く言った。曇った横顔の奥に、曲げられない意志のようなものが感じられた。
「いい本を、作りたいんだな」
類が俺を一瞥した。嵯峨野はにこりと笑って、話題を変える。
「不思議ですよね。生まれも育ちもこの町なのに、こんな面白いお店、今までまるで見つけられなかった。なにかに導かれたみたいだ。僕、ここすごく気に入りました」
「導かれた、か……。そうかもしれないね」
「はい! ナイスタイミングです。……あぁ、でもこのお店、ホームページもSNSのアカウントもないですし、紹介されたりするのはご迷惑じゃあありませんでしたか? 僕が取り上げたお店や場所には、結構ファンが行くみたいで……」
「いえ、大丈夫ですよ。趣味の店なので特に流行って欲しいわけではないですが、人が来て迷惑ということもありません。たまには賑やかになるのも楽しそうだ」
俺は二人の周りを飛びながら、頷いた。
類が彼をいい茶器でもてなした理由がよくわかった。
その後も嵯峨野は、店の古道具について興味深げにあれこれたずね、類は楽しそうに、古道具たちの特徴や来歴を話していた。
振り子時計の時報が鳴った。
「──しまった、もうこんな時間だ」
2024.10.29(火)