山崎豊子先生の取材の仕方

 いくつもの取材の現場に立ち会わせていただいたが、印象深いのは、やちむんの里(読谷村)にあるガラス工房での取材だ。戦後の琉球ガラスは米軍由来のコーラやビール瓶などを材料にして、いわばアメリカ文化を溶かして沖縄文化として再生しているところに興味を惹かれて行った取材だった。

 1300度にもなる窯からの熱気あふれる工房に入ると、山崎先生は作業しているスタッフの一人の近くに腰かけた。工房に話は通していたが、現場のスタッフは先生が誰で何をしに来たのか、あまり関心がない様子だった。じわりと汗がわいてくる中、先生はひとつひとつの手順について尋ね、相手をまっすぐ見ながら、また質問を重ねていく。すると最初は面倒臭そうに答えていたスタッフが、だんだん乗ってきた。ついには笑顔になり、

「こんなに聞いてくれるの初めてだから、面白くなってきた」

 と嬉しそうに言って、がぜん熱心に説明を始めたのだ。話を聞く先生の目も、きらきらと輝いているように見えた。

 それまでも、先生の取材にいつの間にか胸襟を開く人を何人も見た。不思議な力だと思っていたが、このときはじめて合点が行ったような気がした。相手をまっすぐに見つめて、心から興味を持って、話を聞く。シンプルでいて、実は難しい“魔法”だった。『運命の人』第二部第十六章には、このガラス工房での取材が生きていると思う。

病魔と闘いながら、生み出した作品

 病と闘いながらの執筆が続いた。2005年に「文藝春秋」で連載が始まったものの、途中で入院され、病室でゲラをいただいたこともあった。

 最近、先生や野上秘書と打ち合わせを重ねたご自宅の応接間を久しぶりに訪ねる機会があった。足を踏み入れた途端、自分でも驚いたことに、忘れていた様々な場面が鮮やかに蘇った。

 山崎先生も野上秘書もこの世を去られた。西山氏をはじめ『運命の人』の取材に協力してくれた方々の多くも、今はない。山崎先生がその身を削るようにして完成された作品が、読み継がれていくことを願うばかりである。

「ここまで小説に打ち込む作家はいない。稀有な人だ」戦争への憎しみと悔恨を胸に、心揺さぶる人間ドラマを紡いだ山崎豊子先生の素顔〉へ続く

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2024.10.25(金)
文=小田慶郎